インターホンを鳴らして出て来たのは、部屋主のティエリアではなくリジェネだった。を一番気にかけていそうな彼だったのに、とクリスは落とす。しかしそれ以上にがっかりした様子だったのは(リジェネには悪いが)本人だった。


「ティエリアならリビングだよ。行ってあげなよ」


 にっこり笑いながらの背中を押して促すリジェネ。は少々頬を染めつつ、靴を脱ぐと真っ直ぐにリビングに向かった。
 残されたクリスとフェルトは、について何か知っているらしいリジェネをじっと見つめた。その視線に気がついて、部屋の中からその二人へと視線を移す。


「その様子だと、何かあったみたいだね?」














 クリスとフェルトから一通りの話を聞くと、リジェネは小さく息をついた。


「なるほど、じゃあその男のことは気にしておくよ」
「あ、はい」


 思ったよりも驚いたりしないリジェネに二人は少し不信感を覚える。驚くというよりも、“やっぱり”とでも言いたげな表情をしているのだ。しかし近くにはティエリアもいる、少々心配ではあるが大事には及ばないだろうとそれぞれ自己完結した。
 同じ学校の先輩であるリジェネと長々と立ち話をするのも気まずいので、そろそろ帰ろうとしたのだが、そんな二人をリジェネが呼び止める。


「そうだ二人とも、携帯は見て来てくれたかい?」
「ああ、それなら…ねえ?フェルト」
に聞いた方が、早いと思います」


 それじゃあ、と挨拶もそこそこに小走りでその場を後にする。のことだから、またリジェネにからかわれて真っ赤になるんだろうなあ、などと考えながら、クリスは「早く早く」とフェルトの背中を押した。






* * * * *






 リジェネが鍵をかけてリビングに戻ろうとしていると、そっちの方からの甲高い叫び声が聞こえた。生憎、その辺のアパートとは違って壁も厚く防音のしっかりしているマンションなため、隣人への騒音被害はない。はあ、とため息をついてマイペースにリビングへ向かうと、がばたばたと慌てて出て来た。


「リジェネ!何したの!?」


 ぐいぐいとリジェネの手を引っ張ってリビングへ向かわせる。「面倒だなあ」と零すと「もう!」と唇を尖らせて怒った。ティエリアに対してもこれくらい感情表出すればいいのに、などと考えるが、それで延々悩んでいるらしいティエリアを見ているのも楽しいので、敢えてにも指摘をしない。それにそう簡単にこの二人が上手く行っても面白くない。数々の難関を突破してこそだ、と曲がった兄心で以て一歩引いた所から見守ることに決めている。


「僕は何もしてないよ。ティエリアが勝手にこうなっただけさ」
「うそ!」


 が取り乱すのも無理はない。ティエリアはテーブルに突っ伏したままぴくりとも動かない。それはそうだ、飲んだこともないアルコールを口にしたのだから。もちろんティエリアが進んで飲むわけがなく、リジェネに騙されたような形でだったのだが。
 けれどは匂いに敏感だ。部屋に入った瞬間、充満するアルコール臭で異常事態だと察知したらしい。


「あ、そろそろ仕事だから行くね。ティエリアのことよろしく」
「今日はおやすみだって…!」
「さっき急に呼び出されたんだ。明け方には戻るよ」
「リジェネ…!」


 それでもいい加減もどかし過ぎるので、この辺りで荒療治という手段に出た。自分にできるのはここまで、この後どう転ぶかはあの二人次第だ。それにそろそろ事が動く。今日に男が接触して来たことが何よりの証拠だ。


は神様の元へ戻って来るかな?」


 登り始めた月を見て誰にともなく問いかける。自身の目と同じに紅い月が不気味に嗤った。









(2009/5/6)