「二人はどこ行きたい?」
「どこでも…」
「ほらフェルト!投げやりにならないの!ちゃんは?」
「え、えーと、実はリジェネから頼まれてて」


 そう言って肩から掛けた小さなバッグからメモ用紙を取り出す。生憎は字が読めないため、そのメモをクリスとフェルトに差し出す。それに書かれた項目を目で追いながら、二人は目を丸くした。


「何が書いてあるんですか?リジェネ、教えてくれなくて…」
「う、うん!大丈夫、行こうか!」


 が好きなもの→甘いもの、オムライス、ワンピース、白、ピンク、電化製品
 そろそろ携帯を買ってやりたいから、見に連れて行っていくれると嬉しいな
 あと、絶対から離れないこと



 最初の二行はいい。の嗜好が分からないクリスたちにとって、寧ろ助かるくらいだ。しかし最後の一文がどうも引っ掛かる。単に初めて外出させる保護者の心配という訳ではなさそうな予感がする。それもあって、フェルトはの手を引いて歩いていた。は特に嫌がらなかったし、離すなということなら手を繋いでいれば確実だ。
 とりあえず、そろそろ季節も変わるので最初に服を見に行くことにした。






* * * * *






 静かだ。

 リジェネは朝食をとってからずっと部屋に引き籠っている(いた所でどうもしないのだが)。もいなくて、久しぶりにこの部屋に静寂が訪れた。元々一人で住むには広すぎるマンションの一室。借りる際にはもっと狭い所でいいと言ったのに、何を思ったかこんなにも広い部屋にされてしまった。学校が近いのはいいことだが、が来るまでは使われていなかった部屋があるほどだ。いくらお金に困っていないとはいえ、正直やはり勿体ないとしか言いようがなかった。加えて、一人でこんなにも広い部屋にいるなど、孤独感を加速させるだけだ。今思えば一人暮らしをしたいと言ったことへの当てつけだったのだろうか。
 特にやることもないので、リジェネ同様自室に籠って勉強でもすることにした。


(今頃は――……)


 いつもはこの部屋のどこかにいる少女を少し思った。






* * * * *






 リジェネからのメモ用紙にあった通り、はワンピースが好きで(恐らく動きやすく着脱しやすいからだろう)、服を見に行ってもそればかり見ていた。しかし見かねたクリスがまるでお人形の如くにいろんな服を試着させ始めたのは言うまでもない。いつもはフェルトがその役目なのだ。さすがに最後の方は疲れた様子で些か可哀そうでもあったので、ノンストップなクリスをフェルトが止めることになった。最終的にはが気に入ったものとクリスが「可愛い!」と絶賛した服を買うことになった。その間にクリスもちゃっかり自分の欲しいものを見つけて買っているのだから上手いものである。クリスがに構いっぱなしだったので、フェルトもマイペースに買い物ができ、各々が満足していた。
 昼食はこの辺りで美味しいと評判のオムライスの店へ行き、その後は携帯を見に行った。「これかわいいです」と手に取ったのはティエリアが持っているのと同じ型の色違いで、それを言うとはたちまち真っ赤になった。ティエリアの話を出す度にそわそわしたり赤くなったりするが可愛くて、クリスはつい構いたくなる。がティエリアを意識していることは明白なのだが、何せ本人に自覚がないらしく未だ彼を苗字にさん付けで呼んでいることがもどかしいとフェルトに零した。
 そして気になったのは電化製品だが、これは意味が分りかねるため二人はスルーし、の帰りを待っているであろう二人へのお土産に、とケーキを買いに行くことにした。


「二人は何が好きなんだろう。ちゃん、分かる?」
「リジェネがよく買ってくるのは、イチゴショートとチョコレートケーキとチーズケーキです」
「スタンダードねー」
ちゃんは何を?」
「リジェネがチョコレートので、アーデさんはいつもイチゴのをわたしにくれるから、残ったの食べてます」


 リジェネへはチョコレートケーキで決まりとして、これではティエリアの好みがよく分からない。単にチーズケーキが好きなのか、甘いもの好きなにイチゴショートを譲っているだけか。二人が頭を抱えていると、「あ」と小さく声を洩らす


「前にイチゴのケーキを作った時、喜んでくれました」
「じゃあイチゴショートに決まりだね」


 と手を繋いだフェルトが微笑みながらに言う。

 そうして最後の買い物も終わり、後はあのマンションへ帰るだけになった。そういえば、とクリスがバッグから最初に預かったメモ紙を取り出し、に返そうとした。はい、と手渡した瞬間、大きな風が吹いて思わず目を瞑ると、薄っぺらい紙は簡単に飛ばされてしまった。風がやんでみるとメモ紙はどこにも見当たらない。きょろきょろと辺りを見渡しても見つかるはずがなく、諦めた。
 途端、は後ろから何かの視線を感じてぞくりとし、弾かれたように振り返る。その勢いでフェルトの手から離れ、視線の元を探して走り出す。しかし人の混む時間帯だ。は誰かに正面からぶつかり、反動で尻もちをついてしまった。「いた…」と呟きながら立ち上がろうとすると、ぶつかった相手は手を差し出してくれ、その手に掴まっては立ち上がることができた。


「す、すみません…!」
「ああ、構わないよ。君こそ怪我はないかい?」
「はい、だいじょうぶ、です…」


 顔を上げれば、エメラルドの髪に紫の眼をした男。
 知っている。自分はこの眼を、知っている。


「本当に大丈夫?」


 目線に合わせて顔を覗き込まれる。心臓が早鐘を打ち、背中を冷や汗が伝った。声音も表情も穏やかなのに、その視線に何か圧迫されて呼吸が止まるような感覚を覚える。
 の様子がおかしいと、クリスが後ろからの肩に手を置いて「ちゃん」と声をかける。するとようやくはっとしたように二人を振り返った。


「疲れちゃったかな。早く帰ろっか」


 その笑顔にようやく安堵し、男から逃げるようにクリスの後ろに隠れる。それを見た男はくすりと笑い、「もう大丈夫だね」とだけ言うと踵を返す。フェルトもクリスも怪訝そうな顔をしながら、とにかくを帰すことが先決だと足を速めた。






* * * * *






「へえ、こんな所に…ティエリア・アーデだったのか」


 口元を三日月に歪め、離れて行く小さな背中を見えなくなるまで目で追う。


…ね。やっと見つけた」


 その手には、飛ばされてしまったメモ紙が握られていた。









(2009/4/29)