クリスとフェルトに誘われてが一日出かけた休日、帰って来るととんでもない事態になっていた。


「リジェネ!何したの!?」
「僕は何もしてないよ。ティエリアが勝手にこうなっただけさ」
「うそ!」


 まだ未成年であるはずのティエリアが酔い潰れていた。



 思えば、これはまだ嵐の前兆で、きっかけはこれよりも前にあったのだ。














 夕飯の片付けも終わりかけた頃、がやけに神妙な面持ちでティエリアに近付いて来た。


「出掛ける?」
「はい。クリスさんとフェルトさんに誘われて。明日なんですけど、だめですか?」
「いや。行って来ればいい」
「ありがとうございます!」


 はすっかりクリスとフェルトとは仲良くなったようで、時々リジェネの携帯を使って電話をしているのを見たことがある。が何かを頼むのは大体いつもリジェネなのだが、今回ばかりは部屋主である自分の許可を取らないといけないと判断したらしかった。


(携帯くらい、リジェネじゃなくても貸すのに…)


 正直出かけることも心配だったが、反対する理由がない。何かあればクリスやフェルトが連絡して来るだろうし、二人は信用できる人物だ。心配することなど何もないはずなのに、これじゃあまるで子離れできない親のようではないか。嬉しそうにリジェネに報告するを横目で見ながら、ティエリアは小さく息をついた。するとそんなティエリアに気付いたのか、リジェネがこちらを向いて意味ありげに笑みを浮かべている。こういうことだけはやたら目ざといのがリジェネだ。
 食器を全て片付け終わり、ティエリアはそろそろに寝るように促した(彼女は非常に朝に弱い)。クリスたちが迎えに来てくれる時間を聞き、これくらいの時間に起きれば大丈夫だろうと伝えると、「おやすみなさい」と言って自室へ駆けて行く。どうもは自分に対しては他人行儀というか、未だよそよそしい感じがする。リジェネやクリスたちに対しては表情豊かだというのに、自分にはいつもぎこちない。あまり笑顔を見たことがない。いや、自分も愛想のいい訳ではないし、笑いかけたりなどするタイプではない。まさかまだ怯えられていたりするのだろうか。先日も学校でリジェネを怒鳴りつけたばかりだ、そういう些細なことが積み重なって――


「ティエリアー、お悩み中悪いんだけどー」


 リジェネの声にはっとして振り返る。相変わらず口元に笑みを湛えながらティエリアの方を見る。


「明日僕も仕事休みなんだよね。ご飯も二人分よろしく」
「知るか。自分で用意しろ」
「薄情だなあ。が自分の目の届かない所へ行くの、そんなに気に入らない?」
「何だって?」
「顔に書いてあるよ。すっかり保護者だねえ」


 イライラするのは図星だからではない。リジェネの口ぶりがやたら癇に障るのだ。それを知ってか知らずか、反論しないティエリアに追い討ちをかけるようにリジェネは言葉を続けた。


「ああ、でもそれじゃあがかわいそうだ。いろんな意味でね」
「どういう意味だ」
「そのまんまの意味だよ。君たち見てると若いなあって思うよ」


 馬鹿にされている気がする。
 この時点でリジェネの食事は抜きになることが決定した。






* * * * *






 翌朝、以前クリスに見立ててもらった服を着て、はいつもよりそわそわしていた。思えばは出掛けたことがない。いや、初めてクリスとフェルトに会った時に連れて行ってもらったが、楽しむ余裕などなかっただろう。
 そんなどこか落ち着きのないの髪を結い終わると、タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。


「おはようちゃん!と、ティエリアもおはよう」
「おはようございますクリスさん、フェルトさん」
「世話をかけるな」
「ううん、私たちが誘ったんだもの。遅くならないように戻って来るからね!」
「いってきます、アーデさん」


 いつもより少し明るい声音で挨拶すると、ティエリアも「気を付けて行って来い」と頭を撫でてやる。くすぐったそうに目を閉じて、もう一度「いってきます」と言うと二人に手を引かれて出て行った。


「寂しいかい?」
「またその話か」


 ようやく起きて来たリジェネが、昨日と同じように何か含みのある言い方をする。いい加減にしろとでも言いたそうにげんなりとして振り返った。するといつの間にやらすぐそこにリジェネの顔があり、思わず後ずさってドアに貼りつく。そんなティエリアのことなどお構いなしに、リジェネは急に真剣な顔をした。


から目を離さない方がいいよ」


 それだけ言うと、欠伸をしながらふいっと踵を返してリビングへ向かった。









(2009/4/29)