なぜ今日が土曜日なのだろう。昨日の今日で少女と二人きりというのは非常に気まずい。今日は生憎リジェネは実家に用事があるらしく留守だ。少女はというと、さっきからこちらをちらちらと気にして見ているのだが、ティエリアが見返すと慌てて目を逸らす。声をかけようとすると何かと理由をつけては逃げ出す始末。これでは埒が明かない。
 少女のいない間に小さくため息をついた時、インターホンが鳴る。カメラの画面にはアレルヤとクリスティナ、それにフェルトも映っていた。


「やあ、ティエリア」
「…いきなりなんだ」
「メール送ったんだけど」
「見ていない」


 もう、とクリスティナが困ったような顔をする。朝から少女のことでいっぱいで、他のことを気にする余裕などなかったのだ。


「所で何の用だ」
「うん、あの猫はどうなったかと思ってね」


 そういえば、アレルヤには猫を拾ったことを言ってあるのだった。けれどその猫が人間になったとまでは言っていない。気にかけてくれていたことには感謝するが、会わせられる状態ではない。「また捨てて来た」とは言いにくいし、かと言って「人間になった」など簡単に言えるわけがない。


「もしかして、何かあった?」
「何か、とは?」
「調子が悪いとか、そういう…」
「そういう訳では…」


 口ごもると、ますます不思議そうに眉根を寄せるアレルヤとクリスティナ。フェルトだけは表情を崩さない。
 このまま玄関で立ち話をするのも何なので、三人を部屋に入れることにした。話を聞けば、アレルヤは買い物中だったらしいクリスティナとフェルトに偶然出会い、猫の話をするとついて来たのだという。ますます言い辛くなってしまった。


「まさかとは思うけど、あの後…」
「そんな無責任なことはしない」


 ぴしゃりと言い放つ。そうだよねごめん、と苦笑しながら謝られた。
 本当にどうするべきか。拾って来たあの日以上にどうすればいいか分からない。いっそ正直に言ってしまった方が楽だろう。だけど信じるだろうか。部屋に籠っている少女を引っぱり出して、「こいつがあの時の猫だ」なんて。こういう時、リジェネならどう切り返すのだろうか。
 黙りこくってしまったティエリアをじっと見る三人。その時、何かに気付いたのかフェルトが小さく「あ」と言った。


「女の子…」
「ええ!?」


 フェルトの言葉に、他の三人も彼女と同じ視線の先を見る。そこには間違いなく少女がいた。ドアから顔を半分出してこちらを伺っている。ティエリアとリジェネ以外の話し声が聞こえて出て来たのだろうか。
 しまった、と思ってももう遅い。最初のリジェネと同じく誤解をしているらしい三人に弁解するため、全て話すことになってしまった。






* * * * *






「本当にびっくりしたよ…」


 一通り事情を話すと、クリスティナとフェルトは少女をつれて服を買いに街へ行ってくれた。フェルト曰く、クリスティナはファッションに関してことうるさいらしいので、きっと上手く見立ててもくれるだろう。自分は全くそういうことに疎いし、猫だった少女もおそらくそうだ。そんな二人が女物の服を見るだなんて、何が起こるか分からない。


「びっくりしたのはこっちの方だ。朝起きて服も来てない女が隣で寝ていてみろ」
「そ、そうだね。…そういえば、もう決まってるのかい?」
「何がだ」
「彼女の名前だよ。聞いてなかったと思って」


 三人とも非常に柔軟なようで、あの少女が拾った猫だと言えば、信じてしまった。それはそれでありがたくはあるが、何とも奇妙な気分になる。


「名前、か」
「まさか考えてなかった?」


 図星だが、認めるのがなんだか悔しくて黙った。すると困ったように笑って、それ以上は何も言わない。
 別に、名前を与えるのが嫌なわけではない。呼ぶのに困らないし、名前の持つ意味というのも分かってはいる。あまりにも不意打ちだったのと、全く予想だにしなかったことに困惑しているだけだ。元猫であるとはいえ、自分の子でもないのに名前をつけろだなんて。加えて、彼女のあの態度。人間付き合いがお世辞にも上手いとは言えないティエリアにとって、少女が何を考え、どんな気持ちでここにいるのかをくみ取ることは難しいのだ。


「あの子にとって、ティエリアは命の恩人なんだよ」
「そんな大層なものじゃない」
「ティエリアにとってはそうでも、あの子はあのままでいたら死んでいたかも知れない」
「…………」
「だから、ティエリアがくれるものならなんでも嬉しいと思うけど」


 そんなものだろうか。事実、少女はどちらかと言えばリジェネによく懐いている気がする。彼がコミュニケーション上手なのかも知れないが、それでも明らかに自分といる時はどこかよそよそしく、口数も少ない。
 そう伝えると、アレルヤは目を見開き数度瞬きをして、どこか嬉しそうに笑った。「その内分かるよ」と。






レイニーデイ


(2009/2/28)


(名前)
(それが初めて彼女に贈ったもの)
(とても小さく、けれどとても大きいもの)