結局、元猫で現人間の少女は預かることになった。他に行く所もなく、拾った責任感からだ。 とりあえず昨日はあの後、学校でフェルトやクリスティナに頼んで、少女に着せる服を譲ってもらった。話を切り出す時のあの勇気と言ったら、この先数年分使ったような気がする。 「ねえ君、言葉は理解できてるのかい?」 「りかい?」 「僕の言ってること、分かる?」 「難しくないのは、分かります」 利口な猫だねえ、と少女の頭をなでるリジェネ。先ほどからリジェネは少女を膝の上に抱きかかえて離さない。猫の習性からか、抱かれていることに違和感はないらしく抵抗も何もないのだが、ティエリアにとっては至極奇妙な光景なのである。 少女はすっかりリジェネになつき、リジェネも少女を可愛がっているようだ。まだ上手くスプーンやフォークを使えない少女を甲斐甲斐しく世話をし、現在も目の前で食事を口に運んでやってる所だ。リジェネがここまで世話焼きだとは思わなかった。しかし彼がこうも親切だと、何か裏がありそうで怖くもある。 どことなくぞっとするので、それ以上は考えないことにしてティエリアもまた水を一口飲んだ。 「ところでティエリア、この子の名前は考えた?」 「名前?」 「君が拾って来たんだから君がつけてあげないとね」 ティエリアは顔をしかめた。そんなこと、全くもって考えていなかったのだ。少女の方を見ても、ただ不思議そうに首をかしげるだけ。 「じゃあそろそろ僕は仕事に行くよ。じゃあいい子にしてるんだよ」 「はい」 「ティエリアも、名前考えておくように」 「お前に言われる筋合いはない」 はいはい、と生返事をしながら少女を抱き上げて床に下ろすと、リジェネは上着を引っ掛けて玄関へ向かう。その後ろ姿をぺたぺたと裸足でついて行く小柄な身体。 聞こえて来る「行ってらっしゃい」「行って来ます」のやり取りはどこか遠くの世界のことのように思える。あまりにも不意打ちだった“名前”という問題。 まだ危うい足取りでリビングへ戻って来る少女を見つめながら、ティエリアはまたコップに手を伸ばす。が、もうコップは空っぽ。立ち上がってキッチンへ向かおうとすると、くいっと後ろから引っ張られる感覚。振り向くと、少女が俯きながら服の裾を掴んでいた。 「……か、ら」 「は?」 「アーデさんが困るなら、私、名前、要りませんから」 目を丸くする。困っているようになど見えたのだろうか。思いもよらぬ言葉を受けて何も返せずにいると、少女は泣きそうになりながら顔を真っ赤にして部屋へ走って行った。 「何なんだ、一体…」 レイニーデイ (2009/2/27) (めいわくかけちゃだめだって、) ← → |