ティエリアの朝は、目覚ましのアラーム音から始まる。無遅刻無欠席という皆勤賞を誇る彼は、朝に強いわけではないがきちんと起きることには起きる。ただ、果てしなく機嫌は悪い。そんな朝に限って何かが起こる訳だ。そう、何かが。 |
「ティエリア!ティエリア!何やってるの君!」 聞き覚えのある声と体を揺さぶる振動でティエリアは眼を覚ました。重い瞼を持ち上げると、目の前には自分とよく似た顔が一つ。いとこのリジェネだ。 ぼそりと「近い」と言うと、半覚醒のまま問答無用で殴りつける。しかしそれも慣れっこではあるので、殴られた左の頬をさすりながら「そんなことより!」と叫ぶ。リジェネがこんなにも取り乱してるのも珍しい。 「一体誰、その子!」 何のことを言ってるか分からず、とりあえず半身を起こす。そこでようやく異変に気付いた。リジェネの指さす先、自分の左側には小学校低学年くらいの少女がいた。ティエリアは思わず目を剥く。このような少女、全く見覚えがない。訳が分からずにいると、リジェネは軽蔑するような目で、笑いながら言った。 「まさか君が犯罪に走るなんて…」 「誤解だ!」 しかしこんなにも大声を出しているのに起きないとは、いくらなんでも熟睡しすぎだろう。恐る恐るティエリアは少女の小さな体を揺らした。 「おい、起きろ」 何度が揺さぶると、ようやく「んんんー」と言いながら身じろぐ。そしてゆっくり、非常にゆっくり目を開いた。透き通るような水色の目だ。のそのそと体を起こすと、それに合わせて長い栗色の髪がさらさらとベッドに落ちる。そして今度こそティエリアは目眩を覚えた。 「ティエリア…!」 「だから誤解だと言っている!」 少女は一糸まとわぬ姿であった。 * * * * * ちょこんと椅子の上に乗って、少女はティエリアと対峙していた。いや、しかし少女はことの重大さを理解していないらしく、丸い目でただティエリアをじっと見つめている。一方、ティエリアは困ったように額を押さえた。 「駄目だ」 「どうして?一緒に住めばいいよ」 「俺は昼間は学校だ」 ピシャリと言い放つティエリア。 たどたどしい少女の言葉を繋げてみるとこうだった。昨日、雨に濡れていた彼女をティエリアが拾ってくれ、世話までしてくれた。なんとかお礼がしたいと、一晩ずっと願っていたそうで、すると夢の中に“神さま”を名乗る者が出て来た。神さまは言った。 「“人間になるしかない”、ねえ…。いいじゃない、住ませてあげなよ」 「人の話を聞いているのか?他人事だと思って…」 とりあえず少女には、無難にティエリアの学校指定ジャージを着せてやった。しかし相手はまだほんの中学生ほどの体型。袖からは手が出ておらず、ぶかぶかだ。 少女が昨日までだったということは、百歩譲って認めよう。しかし同居するとなれば話は別だ。金品の価値が分からない彼女なら、盗んだりすることはないにしろ、いろいろと問題があり過ぎる。なかなか少女と目を合わせず悩み続けるティエリアに、少女はいよいよ不安になって来たのか表情を曇らせる。 元々、考えなしに拾って来た自分が悪かったのだ。面倒が見られないなら元の場所に戻して来なさい、というのは、小さな子どもが捨て犬なり捨て猫を拾って来た際に親が子どもに言い聞かせる典型的な言葉ではあるが、自分はもう高校生。幼い子などでは決してないのになんてことをしてしまったのだろうと、今更ながらティエリアは公開した。しかし拾った手前、しかも「恩返しさせて下さい」なんて言われ、そうすぐに追い出す訳にもいかない。 「学校があるからってだけなら問題は簡単だ。僕が面倒を見るよ」 「…は?」 「ティエリアと違ってどうせ昼間は仕事なんてないし、職場には実家よりここの方が近いしね」 「待て、そんな勝手な、」 「どうせもう半分住んでるようなものだし、ちょうどいい機会だ」 「な…っ」 確かに、実家に帰る間もなく仕事が舞い込んで来る時は、一時帰宅場所としてここの一室にリジェネの部屋がある。確かに間違いではない。合鍵を持っていても入れ違いで今日のように顔を合わせることの方が珍しくとも、リジェネの言ってることは間違いではない。しかし完全に同居ということがなんだかティエリアには許せなかった。高級マンション、その一部屋をティエリア一人が住むには広く、余ってる部屋だってある。が、実家を離れて悠々一人暮らしというそれが崩されると思うと、黙っているわけにはいかない。そこには人には理解しがたいティエリアのポリシーのようなものがあった。 「ね、決まり。良かったねえ。君だってもう土砂降りの中に放置されたりなんてしたくないもんね?」 少女に問いかけつつ、眼だけでティエリアを見る。厭味を含んだリジェネの言葉に苦虫を噛み潰したような顔をする。リジェネには当然、少女を助けてやるなんて善良な考えはない。自分がここに居候する真っ当な理由が欲しいだけだ。口実にしろなんにしろ、そう正論の刀を振りかざしてかかられたらたまったもんじゃない。拒否することなどできるわけがないのだ。 懇願と期待の入り混じった幼い顔はひたすらティエリアに向けられている。溜め息をついた後、結局折れることになってしまった。 レイニーデイ (2009/2/7) (貧乏クジ!貧乏クジ!) ← → |