ひととき
芸能の仕事をしていると、カレンダー上の休日など関係がない。休みがないほど忙しい方が売れている証拠である。ゴールデンウィーク、お盆休み、年末年始をはじめ、クリスマスや、そう、誕生日も。今年の誕生日も、ありがたいことにユニットでの地方ロケが入っていた。見慣れたESの景色とは打って変わって、真っ青な海と白い砂浜が輝いている。
今回のロケは、ユニット合同ライブの打ち上げと称して、各ユニットがご褒美的に希望した企画を敢行できるというものだった。他のユニットもボーリングやカラオケ、遊園地、ダイビングなど、それぞれが希望した企画がおおよそ通っているらしい。自分たちCrazy:Bが選んだのは“海でBBQ”だった。発案者はもちろん椎名だ。
日中、撮影では自分の誕生日にも触れてくれ、ユニットメンバーだけでなくロケスタッフにもお祝いされた。少し時間は経ってしまうが、テレビ放送にも乗るだろう。自分がどういう風に誕生日を過ごしたのかをテレビで見ることができるのは、ファンにとっては嬉しいものだろう。
「お疲れさまでした! 今日の撮影はここまでです!」
今日の撮影が終わったのは、もうとうに21時を回った頃だった。予想以上の好天気に、途中からは最早ただの海水浴になっていたが、それはそれでテレビ的に良いらしい。夜の打ち上げまで撮影したところで、ようやく終了したのだった。
この時間なので今日は一泊し、明日帰る予定になっている。一旦ホテルに戻ることになったのだが、なぜか改めてもう一度祝い直そうという話になった。遠慮しようとしたのだが、連行されたのはホテルの中のカフェだった。
「実はここのシェフの方と知り合いで、好きに使って良いって許可もらったんす」
「この間椎名が出ていた料理番組ですか?」
「そうそう! 連絡先交換したんすよね~」
「と、いうわけで、俺っちたちからの誕生日プレゼントだ!」
強引に背中を押されてカフェの奥まっている席へ向かうと、そこにはあろうことか、が一人で待っていた。
「…………」
「い、いや違うのひめるくん! 私もなんていうか、いきなり車に押し込められたって言うか」
「サプライズっしょ」
「かなり手荒だったけどね!? 命の危険感じたよ!」
「せやから普通に招待しようっち言うたのに……」
あまりの驚きで言葉も出ない。確か朝早くにからはメールが来ていたはずだ。誕生日おめでとう、ロケがんばってね、と、当たり障りのない文面だった。以前から今日は会えないことを伝えてあったし、この仕事をしていればそういうこともあると、なら十分に分かっている。何も当日にこだわらなくていい、どこか別の日に、という頭はあったが、まさか、メンバーがロケ地にを呼び寄せているなんて、ほんの少しでも考えただろうか。
椎名が「軽食準備してくるっす~」と厨房へ消える。先程たらふく肉を食べたばかりだというのに、いや、しかしそれすら気にする余裕がない。椎名を手伝うと言って天城と桜河も消える。
「なんか、前もこんなことあったような」
「…大阪のライブの時です」
「そ、そうだね」
あの時は楽屋に二人きりになったが、閉店後のカフェで貸し切りとはいえ、さすがに今回はすぐそこにメンバーがいる。この状況で平常心でと話せるかと言われると、無理な話だ。まだ目の前にがいることが信じられなくて動揺しているというのに。
も気まずさを感じているようで、なかなか目が合わない。しっかりと冷房の効いた店内で、やや頬も赤い。厨房からは時折椎名の叫び声が聞こえて来るが、裏腹にこちらでは沈黙が続いた。
「えっと、そう! メールでも言ったけど、誕生日おめでとう」
「…………」
「ひめるくん?」
仕事が忙しくなればなるほど、との時間は取れない。いくらメールがあろうとビデオ通話があろうと、本物以上はない。直接声を聴けるのも、距離を感じずにいられるのも、目の前にいるだけなのだ。何より、触れられるのも。
「」
「なに、」
返事も聞かずに、その体を抱き寄せる。細い体は、思った以上にあたたかかった。力を込めると、恐る恐ると言った風にも腕を回してくる。不慣れで遠慮がちなに、思わず口角が上がる。
「、会えて嬉しいです」
「わ、わわ、わたしも」
わたしも、と言いつつ声が上ずるがおかしい。おかしくてかわいい。
「あっあのね! 本当はプレゼント、買ってあるんだけど…急に車に乗せられちゃったから、家に置いてあって…」
「はい」
「ひめるくん、帽子好きでしょ、似合いそうなの見つけて…」
「はい」
「…はい、以外言ってよ」
「すみません」
「そうじゃなくって!」
ぞんざいに扱っていたわけではないのだが、不満を覚えたは腕の中で暴れ始める。がここにいる、それだけで嬉しくて言葉にならないだけなのだが。
唇を尖らせてじとりとこちらを見上げるの、その細い肩を掴む。じっと見つめ返すと、不思議そうな、怪訝そうな顔をした。その頬に、掠めるようなキスをする。
「ひっ、ひめるくん…!」
「お返しの前借です」
「そっ、それはわたしがやるべきこと…!」
「おや、からしてくれるのですか? ではどうぞ」
「調子に乗らないで!」
「早くしないとそろそろ椎名たちが戻ってきますよ」
「さっきまで静かだったのはなんなの!?」
それは、ようやく思考が追いついて来ただけだ。に触れるまで、まるで起きたまま夢を見ているみたいだったのだから。
長く長く躊躇った後、めいいっぱい背伸びをしたの唇が、一瞬だけ頬に触れる。それと同時に、長らく退席していた三人が騒がしく割って入って来る。主に椎名が。
「あー! そこまでしていいって言ってないっすよお!」
「うっせーなニキ! 今感動の対面なんだよ!」
「その感動を壊したそうとしてたんはどこの誰や」
最後の最後に三人に見られていたことに気付き、は見たことないほど熟れた林檎のような顔になってしまった。桜河に渡された冷たいおしぼりで顔を覆う。「全部ひめるくんのせいだからね…」と恨みがましそうに言うが、今日は何を言われても痛くも痒くもない。
そうして日付が変わる頃まで騒がしく五人で過ごし、こんな日があっても悪くはないと思った。を招待してくれた今日ばかりは、三人に感謝したのだった。