手離すのにも理由が要る
「いい加減にしなさいよねぇ」
そうため息をついたのはナッちゃんだった。俺がいつものようにに教室に連れ戻されると、飛んで来たのはそんな言葉だ。いい加減に幼馴染み離れしなさい、というのは最近のナッちゃんの口癖だ。どうしてか、そう言われれば言われるほどしたくなくなるようで、自分でも分かるほど最近はにしがみついているなと思っている。はで俺から離れて行こうとしているようだけれど、それをやんわりと俺が制止すると結局離れられないようだった。
「あの子にはあの子の学院生活があるのよォ?」
「その一部に俺がいてもおかしくはないでしょ」
「もー! そういうことじゃないの!」
イライラしているのは、さっきの口から俺やナッちゃんや先生以外の男の名前が初めて出たからだ。おかしいことではない。の学科には女子だけでなく男子もいる。アイドル科ほど面倒臭い手続きもなく普通科と行き来ができる。だから、男子生徒に知り合いがいてもおかしくはない。けれど、の口から出たのは意外にも俺もよく知る人物だったのだ。
「…ナッちゃんはさ~」
「人の言うこと聞きなさいってば」
「あれとどんな話するの?」
「大事な幼馴染みをあれ呼ばわりはやめなさい」
そう言いつつ、「そうねえ」なんて頬に手を当ててとの会話を思い返している。そして、授業の話とかかしら、と続けた。それ以外は、と問い詰めるがそれ以上は秘密なのだと言われた。
「凛月ちゃん、ちゃんと何かあったの?」
「別に……」
言ったところでどうにかなるようなことでもないだろう。他の誰かに興味を持つことを止めることはできない。そこから何か発展するかと言われればまた別だけれど、発展してもしなくても面白くないのだ。他の誰かに興味を持った時点で。それは、これまで俺に注がれていた分の気持ちが少し、離れて行ってしまうのと同じだから。どれだけ繋ぎとめておこうとしても、俺のものにならない限りは土台無理な話なのだ。俺のものになっちゃえば、どこにもいかないようにどうとでもできるのに。
「…それじゃ一緒かあ」
「もう、やっぱり変よ」
「ナッちゃんに言われたくない……」
「放課後までそんな感じだったらまた泉ちゃんに叱られるわよ」
ああもう、今一番聞きたくない名前だったのに。
「セッちゃんが不機嫌なのなんていつものことでしょ」
怒らせておけばいいよ。そう吐き捨てて机に突っ伏した。
初めて、の口から出たセッちゃんの名前。クラスメイトが読んでいた雑誌に載っていたんだとかなんだとか。雑誌に載ってるセッちゃんを初めて見たそうで、興奮気味に瀬名先輩がかっこよかっただのきれいだっただの、何か色々言っていた気がする。その名前が出た瞬間に話の中身をシャットアウトしたせいで、何を言っていたかあまり覚えていない。俺の生返事なんて慣れているは延々話し続けていたけれど、どんどん面白くなくなって行った。
「俺が単独で雑誌に載ってもあんな反応しない癖に」
「なに? 何の話?」
「別にぃ……」
あの両目が俺だけ見ていればいいのに。あの声が俺だけにかけられるものだったらいいのに。が離れて行こうとすればするほど苛々する。緩く留めておくことしかできなくて、束縛しきれないことに一層苛々する。いつになれば、自分だけのものにできるだろう。の方が全部諦めて、早くこっちに来てくれればいいのに。…なんて思うけれど、本当は俺がを無理矢理奪うだけの覚悟がないだけなのだ。