あまりベタベタしたがらない彼が、珍しくくっついて来た。他の時なら構わないのだが、包丁を使っている最中に後ろから抱き締められると危ない。突然の行動に危うく指を突いてしまうところだった。 「…どうしたの?」 「いや…丁度いい高さだと思ってな」 「はあ…」 いまいち要領を得ない。小さく息をついて「あのね、」と振り返ると、文句を言うより先に唇を塞がれる。慌てて包丁を置いて体ごと彼に向き直ると、気を良くしたのか口接けは段々と深くなる。ただの気まぐれにしてはタチが悪い。押し返してみても私の力では敵うはずがなく、寧ろ私の腰を引き寄せる力は強くなるばかり。 「んぅ、は…ぁっ、手加減……っ!」 「…する訳ねぇだろうが」 言って、もう一度私の右頬に唇を落とす。なかなか甘い雰囲気になることがないため、この状況がやたら恥ずかしく、彼から思わず目を逸らす。すると彼はむっとして私の顔をぐいっと自分の方に向けさせる。その目を見ると何も言葉が出なくなってしまい、代わりに再び唇が重なる。けれど今度は短いキスだった。 「いきなり、なに…」 「別に」 つ、と私の唇を親指でなぞる。その次は、頬、そして耳へ。左の聴覚を失っていることを慮ってか、彼はいつも右側に触れる。左耳に口づけられた記憶もない。別に今更、気にすることでもないのだが。左側も私の一部だ、同じくらい愛されたいと思うのは彼の優しさを無碍にするだけだろうか。 彼の気が変わらない内に、私は背伸びをして左の頬を彼の顔に寄せる。そのまま首に顔を埋めると、ややあって彼の手が左耳に触れる。 「…分かるよ」 「そうか」 「感覚まで失くした訳じゃないから」 「そうだな」 左耳を甘噛みされると、そのくすぐったさに首をすくめる。すると、小さく笑ったのか彼の吐息が耳にかかったのが分かった。 |