相愛の罠

「なんでわたしってティエリアが好きなんだろうね?」

 自分たち以外誰もいない食堂で、机に突っ伏している彼女は、目だけはこちらを向いてそう言った。
 付き合い始めて二ヶ月、この質問は一体どうしたことか。ティエリアはずれた眼鏡を直しながらため息をついた。時々彼女はこう言った訳の分からない話をするのだ。

「そんなこと俺が知る訳ないだろう」
「だってね?現実的に考えたらロックオンとかアレルヤの方が良いじゃない?性格良し、ルックス良し、身長体格もバッチリ好み」
「…それは俺の前で言うことなのか」
「なのになーんで、理想と違う方向に行っちゃうかなあ…」

 うんうん唸り、頭まで抱えて悩み始める。最早呆れるしかない。最初こそこんな失礼な話には腹を立てたりしていたが、それは彼女と付き合う上で賢いやり方ではない。彼女はこういう人間なのだと受容し、対応して行くのが上手くやって行く方法だ。我慢ではない。飽くまで受容だ。我慢だと思えばそれはストレスになる。しかしこれが惚れた弱味というものなのか、ティエリアもこんな彼女を受け入れることに何の疑問もなかった。

「…ね、ティエリア」

(嫌な予感がする)

「ティエリアは私のどこが好きなの?」

 やはりそう来たか。
 眉根を寄せて嫌そうな顔で彼女を見た。しかし彼女は逆に何か期待をしているかのように、キラキラと目を輝かせている。この顔をされるとティエリアは弱い。何を言われても聞いてしまうのだ。
 咳払いを一つして、僅かに紅潮する顔を隠すように口元を手で覆う。そして小さな声で彼女にしか聞こえないように言った。

「およそ、全部だ」

 たったそれだけ。その短い言葉がやけに恥ずかしい。もう勘弁してくれと顔を逸らすが、なんだか視線を感じる。目だけで彼女を振り返ると、きょとんとした表情でこちらを見ていた。どうやら分かっていないらしい。これではこちらが言い損ではないか。

「あ、ふ、へへ、へ…」
「…なんだ、気持ち悪いな」
「ねえティエリア、前言撤回するね」
「なに?」

 彼女は行儀悪く無重力に任せて机を飛び越えると、ティエリアにがしっとしがみつくように抱きついた。そのまま勢いでふわふわと流れる。ティエリアの胸に埋めていた顔を上げて、珍しく自分からキスをし、はにかむ。

「どこが好きか分かんないくらい、好き」

 また負けた。
 きっと自分が彼女に勝てることはないのだろうと、愛しくて仕方のない彼女をその腕に閉じ込めてティエリアは思った。


(2010/1/25)