漂流の

 夢の中を漂っていた。ふわりふわりと頼りなさげに、真っ白な中を。寒くもなく暑くもなく、風もなく波もなく、明るくもなく暗くもなく、ただ、白かった。上下左右がないのは宇宙と同じだけれど、呼吸は容易にできる。

 ――ティエリア!

 なんだ、うるさいな。一人にしてくれ。今は誰とも会いたくないし話したくない。

 ――何でお前がこんな所にいるんだ!
 ――そんなことより今すぐ戻りなさい!でないと――…!

 動く気力もないんだ。そんなに言うなら君たちが連れ出してくれればいいだろう。
 どこからともなく聞こえて来る二人の男女の声に頭の中で返事をしながら、止まないその声にゆっくり瞼を開けた。しかしやはり見渡す限り白しかない。首を回して辺りも確認してみるが、声の主らしい二人はいない。

 ――まだ来ちゃだめだよ、早く戻って。

 女のそんな言葉が聞こえた瞬間、とん、と小さく背中を押される感覚。何を、と振り向こうとしたが、途端に世界が黒く染まる。最後まで残る一つの白に必死に手を伸ばすが届かない。段々と遠くなる白に焦りながら、意志に反して崩れて行く世界。必死に叫ぶが声の主は現れず、見えない何かが自分の背中をぐいぐい押して行く。そして一際強く押されたかと思えば、次は足元がなくなり一気に真っ逆さま。その瞬間、見えない腕を掴もうと手を伸ばしたティエリアの頬に、白く細い指が触れた。
「まだ来ちゃだめだよ、ティエリア」



 目を覚ますと、トレミーの自室にいた。上体を起こして初めて気付いたのは、自分の頬が濡れていること。そして、あれは夢だったのだということ。

「あれ、は……」

 止まっていたはずの涙がまた流れ出す。
 四年前、CBは余りにも沢山のものを喪った。それは償いではない、まるで戒めだ。仲間も大切な人も宇宙に散り、また、行方不明者もいる。
 四年だ。もう四年経とうとしているというのに、彼らの影は時に悪夢となって襲いかかる。少しずつの我慢が堆積し、時折こうした形で現れる。闘いから逃げたいと思ったことはない。けれど喪ったものの大きさを思うと、どうしてもやり切れない。だがもうここにはそんな弱さすら受け入れてくれる彼女はいない。

「――――」

 殆ど吐息だけで名前を呼ぶ。たとえ何十年、何百年過ぎたとしても消えることのない痛み。呼ぶだけで棘が刺さったような痛みの走る、それは痛みの核。それすらもう知ることのない彼女を思うと、もう泣くことに躊躇いはなかった。


(2009/7/20 夢の中でさえ、未だ囚われたまま)