やかな温度

 食事を摂っている私をじっと見つめて、クリスは言った。

「最近、綺麗になったよね」

 私は思わず目を丸くしてクリスを見つめ返した。今まさにスプーンを口に運ぼうとしていた所なので、私の顔と言えば彼女の言う“綺麗”とは程遠い。はあああー、と大きな溜め息をついてテーブルに突っ伏すクリス。そんな彼女とは反対に、私は運び掛けのスプーンの中身を口に放り込む。「溜め息ばっかついてたら幸せが逃げるわよ」というのは彼女の口癖のようなもので、いつも笑顔の彼女にしては珍しい。

「別に綺麗になってなんかいないと思うけど…」
「最近シャンプー変えたでしょ」
「え?あ、うん」
「この間地上に降りた時は眉間に皺寄せてファッション雑誌見てたし」
「よく見てるね…」

 頬が引きつる。するとクリスはがばっと顔を上げたかと思いきや、鼻がくっつくほどずいっと顔を近付けて来た。そんな間近で見られても、私の顔には何もついてはいないのだが。
 再度じっと、しかし今度は何かを疑うように見つめられ、私はぎくりとした。クリスが見破ることと言えば一つしかない。

「恋してるでしょ」
「………………」
「黙ってるってことは当たりね!ね、誰よ誰よ!ロックオン?アレルヤ?それともまさか刹那?」
「あのねぇ…」
「僕だが」

 突如割り込まれる声に、私とクリスはゆっくりと声のした方へ首を回した。狭い艦内、少ないクルー、振り向かなくとも声だけで分かるのだが、目で確認して私の背中を嫌な汗が伝った。そこには思った通り、睨むように私たちを見下ろすティエリアがいた。

「何か問題でもあるか」
「あっいやっ上手く行ってるならいいんだ!じゃあ後でね!」
「ちょっとクリス!」

 ティエリアが苦手らしい彼女は、そそくさと退室して行く。きっとこの後スメラギさんやフェルトに報告もとい話のネタにしに行くのだろう。年相応に恋愛話の好きな彼女のことだ、それくらい容易に察しがつく。
 クリスを引き留めようと、伸ばしたまま行き場のなくなっていた手を引っ込める。そして今更ながら彼女を少し恨んだ。ものすごく気まずい沈黙が流れているのだ。私は膝の上で握り閉めた手にぐっと力を入れた。すると、ティエリアはすとんと私の横に腰を降ろした。

「な、何?」
「待っててやるから早く食事を済ませろ」
「え?」
「…君は疑問文しか言えないのか」
「え、と…」
「話がしたくて探していた」
「あ、そ、そうだったんだ」

 真面目にそんなことを言う。おかしくて小さく笑うと、気に障ったのかティエリアは眉根を寄せてこちらを見た。

「何がおかしい」
「ううん、何も!」

 今すぐ抱き締めたい気持ちになったけれど、とりあえず目の前のプレートを空にすることが先決だ。黙って待ってくれているので少々食べ辛いのだが、まだあと四割ほど残っている食事に手をつけ始めた。


(2009/7/8)