そこに愛というものがないのなら

「誰も苦しみたくなんてないよね」

 膝の上で眠る彼の、紫の髪に指を通した。閉じられた瞼は僅かに赤く腫れている。泣いてすがるその様を、誰が愚かだと咎められよう。自分の身体の一部を持って行かれたような喪失感を体験するのは、もしかしたら私だったかも知れないのだ。

「ごめんね」

 私はヴェーダではないから、ティエリアの全てを知ることはできない。その悲しみの深さをはかり知ることはできない。私がティエリアを失った時に思うのと同じくらいだろうか、と想像することはできても、同じ気持ちにはなれない。別個であるがゆえの不可能なのだ。全ての感情が疎通できた所で、それはそれ、恐ろしい話ではあるが。

「でも、良かった」

 あなたが、生きて帰って来てくれて。あなたがヴェーダを心の拠り所とするように、私にもまたあなたが必要だから。
 だけど、私がどれだけそう思った所で、伝えた所で、ティエリアにはそれが伝わらない。私はヴェーダ以上の存在にはなれない。まるで迷子になったこどもを預かっている気分だ。ティエリアの中で揺るぎない唯一のものはヴェーダで、泣いてすがられた私はただの代わりでしかない。全てをさらけ出してくれた訳でもない。都合のいいように利用されてるだけで、本心から必要とはされてないのかも知れない。それでも私はティエリアを見捨てることも突き放すこともできないのだ。弱い部分を見せられて、単に母性が働いただけなのだろうか。

「いなくならないで…」

 それとも、依存しているのは私の方だったのだろうか。


(2009/6/10)