常バイタル

 おかしいおかしいおかしい。こんなシステム有り得ない。データにない感情だ。ふわふわしてどきどきして時々きゅんっと切なくなって。触れた箇所から熱が身体全体に広がるような錯覚と、視覚も聴覚も主導権を握られるような心地。有り得ない。こんな感情、私は知らない。私がこんなことで悩むなんて認められない。あの目で見られると私の体温と血圧は正常値を越えたがる。完璧だった身体と脳の造り。彼というたった一人がその完璧を崩すっていうの?違う違う。他人に干渉されてパニックを起こすなんて正常に作動していない証拠だ。私は不良品なのか?いやそんなはずもない。だってこれまでちゃんと働いて来たのだから。それなら故障?どこか回路がぷつりと切れたの?

「答えてもらいたいのですが」
「…それは…」

 何でも知ってるあなたなら答えてくれるでしょう?純粋な人間であるあなたなら、私の疑問にもこの不可思議な現象にも理由付けをしてくれるでしょう?頻脈が苦しくて、呼吸が上手くできなくて眠れないの。彼の前だと異常発汗してしまって、余りの急激な血圧の上昇に失神してしまいそう。この身体症状は一体何?身体症状だけじゃない。冷静な判断ができなくなるし、彼が他の女といるのを見るとどうも穏やかでいられない。その癖私の所へ来てくれた時、私は彼の目を見て話すことさえ儘ならない。もどかしくて苛々する。

「私は悪い病気ですか?」
「…ある意味重症ではあるが…」
「わ…私は死にますか?その内血圧が異常値に達し、心肺は停止して死にますか!?どうすれば治りますか!私はまだ死ねません!」
「お、落ち着けって!」

 これが落ち着いていられようか。まだ死ぬわけには行かないし、このもやもやを晴らすまでは死んでも死にきれない。それに彼に原因があるなら彼に解決してもらわねば私は死に損だ。早く、一刻も早くこの症状に消えて欲しいというのに!

「そうだな…本人にありのまま言ってみればいい」
「ティエリア・アーデに?それで万事解決ですか?」
「…かどうかはあいつ次第だな」
「解決してくれなければ意味がありません」
「お前ってほんとに、以前のあいつそっくりだな」
「あなたの言うことは時々意味が分からない」
「まあ本人に会えば分かるさ」
「分かりました」

 とにかく症状消失が最初の目的だ。しかし彼に会えば症状が重くなるというのに、その彼に会えとは一体どういう理屈なのだろうか。やはり人間の考えることはよく分からない。けれどこの人以上に頼れそうな人間はここにはいない。この人が言うなら試してみるのも一つの手。これでまた以前の私に戻れば儲け物なのだから。
 艦内をうろうろしていると、前方に探していた人物が見つかった。ああまたこの感じだ。顔面に熱が集中して身体が熱い。空調管理のなされているはずのここでこんなにも発汗するなんて、やはり彼に原因があるとしか考えられない。

「ティエリア・アーデ!」

 とりあえずできるだけ平静を装い、落ち着いて話すことから始めなければならない。私は何から話せばいいのか、声を掛けた後で考えを纏め始めた。


(2009/6/5 #コンピューターシティ/Perfume)