チープな

「今日から一週間、キス禁止ね」

 起き抜けから目の前の彼女はティエリアにそんなことを言った。真剣な目でぴんと人差し指を立てて言っているが、特に怒っているようではないらしい。昨夜酷い扱いをしたわけでもないし、気に障るようなことをした覚えもない。ただ、その一言がいきなり過ぎて困惑する。原因を考え込んでいると、彼女はさっさと服を着て出て行ってしまった。

「待て、まだ何も聞いてな…」

 追い掛けようとしたが低血圧で体が重い。結局その時は追求できずに終わってしまった。
 しかしそれからがおかしかった。キスどころか近付くことすらできない。あからさまに避けて来るのだ。接触できないことで苛立ちは募り、ミッション中も気が立っているようだった。迷惑を被るのは他のメンバーたちである。これにはさすがのスメラギやロックオンも手に負えず、しかし彼らは原因を知らないため余計対処のしようがなかった。そしていよいよティエリアの怒りも最高潮に達する頃、ようやく周囲も不審な点に気付いたのだった。現在ティエリアをあれだけ振り回す存在など、ティエリアの恋人以外有り得ないのだ。もし喧嘩でもしていたなら、他人が口出ししていいような問題ではない。トレミーのクルーたちはそっと見守ることにした。
 そんな当のティエリアが、ようやく彼女を捕まえることに成功した。色が変わるほど強く手首を掴んで彼女に詰め寄る。すると真っ青になりながら事の重大さを理解したようだった。

「えっと…ごめんね…?」
「謝って済む問題だと思っているのか」
「だ、だって!……んんっ!」

 唇を押し付けるように強引にキスをする。顔を歪め、喉の奥から苦しそうな声を漏らすが、お構い無しだ。気が済むまで唇を重ね、抵抗がなくなった頃、ようやく二人は離れた。真っ赤になりながらとろんとした目でティエリアを見上げると、顔を埋めるようにティエリアに抱きついた。

「ごめん…」
「訳を聞かせてもらう」
「…笑わない?」
「笑うと思っているのか」
「思わないけど」

 ティエリアも彼女の背に腕を回す。久しぶりの彼女の香りに安堵した。さらりと流れる髪に手を通したり撫でたりしていると、「あー」とか「えー」とか、数回もごもご言った後、恥ずかしそうに小さな声で言った。

「口内炎ができてたの」

 だから、風邪うつしちゃうと大変だと思って。
 言いながら視線を左右に泳がせる。ティエリアは「君は馬鹿か」と彼女の額を小さく弾くと、もう一度キスをした。


(2009/5/25 #HONEY?/天野月子)