「雷市ー!お弁当忘れてるよー!」

 夏休み、監督がちょっと席を外しているその時、グラウンドには突如聞き覚えのない女の人の声が響いた。それにぴくりと反応すると、雷市は声のした方へダッシュして行く。当然、その声の主が気になったのは俺だけじゃなく、誰もが練習の手を止めて雷市の走って行った方を向く。すると、そこには高校生ではなかろう女の人が立っていた。大学生か、社会人か。
慌ててフェンスの向こうへ飛び出して行く雷市。すると、その女性からお弁当と思しき大きな包みとバナナを一本渡されていた。なるほど、お弁当とはそういうことか。

「なんだー雷市の癖に彼女かー?」
「ちっちがっちがっ」

 当然グラウンドからはそんなヤジが飛ぶ。それに真っ赤になって否定しようとする雷市ではあるが、当の女性は愉快そうにけらけらと笑っているだけだ。まあでも、いつまでもからかわれている雷市が不憫だと思ったのか、先程の声量で女性は叫ぶ。

「雷市のお隣に住んでいる者ですー!雷市のことお願いしますねー!」

 条件反射でつい「おっす!!」と答えて帽子を取る部員一同。すると、その女の人は雷市の頭をわしわしと撫でた後、こちらに向かってぺこりとお辞儀をして去って行った。この真夏だというのに爽やかに笑う人だ。かつ、向日葵のような明るい笑顔で。
 「姉ちゃんありがとー!」と手を振って彼女を見送ると、すぐに雷市はフェンスのこちらへ戻って来る。そしていそいそとベンチの隅にあるクーラーボックスに先程渡されていたお弁当をしまった。そんな雷市に群がるのは、当然と言っては当然の流れだ。誰もが好奇心に満ちた目で雷市を問い詰めるも、あれで普段シャイな雷市はもごもごと何も言えずにいる。

「と、隣に住んでる、姉ちゃん…」
「そりゃーさっき言ってたじゃん、本人が」
「彼女か?雷市の癖に彼女なのか?この!!」
「だ、だからっ、ちがいます…!」

 仕方ない、助け船を出してやるか。そう思いながら輪の中に入って行く。

「おいおい、もうやめてやれって。どう考えても弟の面倒見る姉貴だろ?」

 すると、ぶんぶんと必死に首を縦に振る雷市。いや、そんな一生懸命首振らなくても。何にしても大変な奴だな、と思う。大袈裟と言うか、なんというか。
 大方誰もが予想はしていただろうが、こういうネタは誰もが興味を持つ。偶然、今回は雷市だっただけで、他の部員があんな風に呼び出されたら同じように尋問に遭うだろう。それにしても、さっきの女の人、かなり可愛かったと思う。自分たちより年上だろうが、綺麗と言うよりは可愛いの部類。まだ、大人と子どもの中間地点にいるような。
 無事雷市に助け船を出したことだし、ちょっとぐらいあの人の情報をこっそり聞き出してもバチは当たらないだろう。そう思った俺はちょいちょいと雷市を呼んだ。

「なあ雷市、あの姉ちゃん誰?」
「だから隣の…」
「じゃなくてさ、名前とか通ってる大学とか」
姉ちゃん…大学じゃなくて専門学校行ってます」

 専門学校か。雷市の隣の部屋に、ということはあのボロアパートに住んでいると言う訳だ。さすがにそれでは大学に行けるだけの資金がないだろう。しかし何の専門学校に行っているのだろうか。専門学校と言われるとかなり幅広い。医療から服飾から調理から、最近は電子機器関連の専門学校に進学する女子もいるというし、それだけでは分からない。弁当を作るくらいだから調理か、と思ったがあれくらいの年齢なら弁当くらい普通に作るだろう。

「本当は毎朝弁当作ってくれて…でも今日は貰い忘れたから飢え死にするかと思った…」
「あ、ああ、そう…」

 姉ちゃん今日はバナナもつけてくれた、と嬉しそうに笑う雷市。まあ、この様子じゃ本当に姉弟みたいなものなのだろう。少しほっとした。

(は?)

 いやいや、ほっとするのはおかしいだろ、俺。何だこれ、なんでこんなに気になってんだ。
まあ確かに、可愛らしい感じの人ではあった。高校生ではないというのは見てすぐに分かったが、女性と言うよりは、まだ女の子を引き摺っている感じの。ということは、高校を出てすぐだろうか。だとしたらあまり歳の差はない―――っていや、だから俺、なに真剣に考えちゃってんの。一目惚れとか、そんなのないって。
 と自分に言い聞かせつつ、サンの眩しい笑顔は頭から離れない。部活は部活で切り替えるものの、昼の休憩時間になった途端に思い出してしまう。興味本位で雷市が渡されていた弁当箱を見ると、かなりでっかいおにぎりが三つ、タッパーに詰められていた。…これ、弁当って言えるのか。しかし「おにぎりうめえー!!」とかなりのオーバーリアクションを取る雷市。おにぎりに上手いも不味いもあるのだろうか。いや、雷市にすれば何でも御馳走なのだろう。そういう純粋な所を可愛く思ってあれこれ世話を焼いているのだろうか、さんは。

「雷市、さっきのオネーサンからのおにぎりだろ?」
「おう!今日の具は鮭だぞ!豪華だ!」
「そ、それ、豪華なのか…」
「おおおお…こっちはウインナーにベーコンだ…!姉ちゃん分かっている…!!」

 ほら見ろ!とおにぎりを割って部員に見せると、確かにおにぎりの中には輪切りのウインナーとベーコンが詰まっていた。唐揚げが具として入っていたことがあるとか、生姜焼きの時があったとか、かなり聞き慣れないおにぎりの具の話へと進展して行く。
 お弁当と言うものだからもっと大層なものかと思ったが、正直、かなり脱力した。

「すげぇチョイスだな。それ本当に美味いわけ?」
姉ちゃんが作るものはなんでも美味い!姉ちゃん、学校すっげぇ忙しいのにこんなすっげぇおにぎり作ってくれるんだからな!カハハハハ!」

 平和だな、と誰もが思ったに違いない。
 だが確かに、専門学校は忙しいと聞く。もしかして今日も授業の合間にでも届けに来たのだろうか。いや、それはないか。専門学校の夏休みは高校とさほど変わらないと聞く。大学ほど余裕もないし、課題やら何やら、もしかするとバイトもしているかも知れない。そう思うとこのとんでもない大きさのおにぎりには、雷市への愛情が詰まっている訳だ。

(羨ましいなあ、おい…)

 あんな可愛い人に構ってもらって、あまつさえ弁当まで作ってもらって、隣に住んでいるだなんて。
 またサンはここに来ることはあるのだろうか。雷市がうっかり弁当を受け取り忘れることとか、雷市にバナナを差し入れに来るとか、練習試合を見に来るとか。そういう、何か接触できる可能性がないかを考える。…いや、うだうだ考えても仕方ない、俺はサンが気になっているんだ、かなり。もう一回あの笑顔を見たいと思うし、できれば話してみたいし、認識されたいと思う。
 俺は、もう一回雷市が弁当忘れてくれねぇかな、と思った。悪い先輩だ。








(2014/07/01 ネタ提供:いづるちゃん)