夢と闇の飽和量


 転寝から目を覚ますと、もう部屋の中は真っ暗だった。三時過ぎにうとうととしていたのだが、思いの外随分眠ってしまったらしい。まだぼんやりする目を擦り、辺りを見回す。まだ中也は帰って来ていない。
 そこで私は、先程まで見ていた夢を思い出した。私が任務で失敗し、その責任を取るという夢だった。覚えている、冷たい銃口の感覚。自分の米神を貫く瞬間のトリガーの重さ。よく知っている銃声の最後に見えた、中也の顔。
 嗚呼、夢で良かった―――最初に思ったのはそれだった。私は何時も瀬戸際で生きているから、何時、何処で何が起こるか分からない。中也のように異能を持っている人間でもない。そんな中、マフィアで生き残るには自分の腕を磨くしかなかった。それでも追い付けない遠い遠い背中。きっとその背中に私の手が届く日は永遠に来ない。愛していると、何度伝えようとも。

「おい、いんのか?」

 その時、玄関を開けて入って来る一人の男の声。私の待ち望んだ声だ。ぐしゃぐしゃに乱れた髪のまま、裸足で玄関へと走る。

「い、いる…っ」
「つーか何だその格好はよ」
「ちょっと、寝ていただけ」
「そうかよ」

 ぶっきらぼうに言いながらも、私の髪を手櫛で整えようとする中也。いつもは「仕事の邪魔になんだろ、切れ」と言うものの、こういう時の中也の手つきは優しい。だから私は、この髪を切ることができなかった。長い髪を梳いてもらうことの心地良さを覚えてしまったから。
 中也に触れられている感覚から、ここは現実なのだと分かる。さっきのあまりに鮮明な夢さえ、ただの夢だったと自分に言い聞かせることができる。不吉な夢を見るようになったのは、何も昨日今日の話でもないのだ。そういう私を察する時、中也は私に何も聞かない。何も聞かず、何も言わず、ただ隣に居てくれる。

、ちょっと酒に付き合えよ」
「悪酔いしない程度ならね」
「まあ善処してやんよ」

 そう言って、適当に棚から酒を取り出す。多分、私の気を紛らわせようとしてくれているのだろう。私は私でコップを食器棚から出して用意した。
 あんまり入れないでよ、という私の声を無視してコップの八割ほどに注がれた酒。それだけでつんと鼻をつく。中也も中也で同じくらい酒を注ぎ、それを煽る。面倒な事にならなければいいのだけど、と心配しても、中也は自分の酒癖の悪さを自覚していない。


「今度は何」
「俺から離れんなよ」

 横目で私を見る。私は頷くこともせず、一口酒を口に含んだ。
 見透かして行くその眼が怖い。何れ私の方から離れなければならない日が来ることまで察知しているようで。

「善処するわ」

 今は、それしか言えなかった。夢が現実とならないようにと祈りながら。








(2014/06/03 文スト夢企画『夢心中』さまへ)