衝 動





 もしかして、なんて思ったこともなかった。青峰くんにはさつきちゃんっていう可愛い幼馴染がいたのだから。最初は確かにとっつきにくくはあるけれど、話してみれば悪い人じゃない。時々優しくて、気が利いて、そんな青峰くんの一面に気付く女の子は私だけなはずがなかった。クラスの誰かが、学年の誰かが青峰くんの良い噂をしていると、気が気でなかった。分かる人には分かる、だからいつ誰かの青峰くんになっても仕方ないのだと、分かっているはずだった。けれど、日に日に募って行く思いは、近付きたいという願いは消えることはない。いつからか青峰くんをずっと目で追っていた。だからあの日、青峰くんに手を上げられた日に足の違和感に気付くほど、些細な違いまで分かるようになっていた。それが、まさかこんなにも亀裂を生むとは思っていなかったけれど。
 でも、このままでは嫌だと思うようになっていたことに、自分でも驚いた。

「…こんな時間まで、待ってたのかよ」
「うん」
「バカか」
「…うん」

 部活が終わるまで、体育館の外で青峰くんを待っていた。彼はいつも遅くまで残っているから、これくらいの時間になるだろうとは思っていた。周りはもう薄暗いが、お互いの顔はしっかりと分かる。だから青峰くんが顔を顰めたのはよく分かった。
 正直、青峰くんに何を話せば良いのか分からない。答えをもらうにしても、どう切り出せばいいのか、部活が終わるまでたっぷり時間はあったはずなのに、一つも考えていなかった。ただ青峰くんに会ってみれば何か口から出て来るのではないか、何か話せるのではないかと、漠然と思っていただけだ。

「お前、俺のこと買い被り過ぎなんだよ」
「そんな事ないよ」

 そんな事ない、と言い聞かせるようにもう一度繰り返す。これまでもずっと、青峰くんに話し掛ける時は緊張していた。けれど、好きだと告げたからか、もっと違う、別の緊張になった。もう、私の気持ちは青峰くんにバレバレなのだと思うと、恥ずかしさと不安が入り混じる。気持ち悪いと、思われていないだろうか。
 訝しげに、探るように私をじっと見る青峰くんの視線に気付き、かぁ、と顔に熱が集まった。時々、そんな目で見られることはあった。その度に気のせいだと振り払って来た。気持ちまで読まれるような気がして、好きだと思いながら青峰くんの目を避けて来たのも事実だ。

「あ、あおみ、」
「ごめん」
「え?」
「叩いちまったこと、ごめん」

 ほら、やっぱり彼は優しい。私を叩いたことをずっと気にしてくれていたんだ。私は泣きそうになりながら笑った。

「気にしてないの、本当に」
「痛かっただろ」
「大丈夫」
は無理し過ぎるって聞いたんだよ」

 気まずそうに私を見下ろして青峰くんは言う。もうあんなこと、気にしていないのに。あのことがなかったら、私が青峰くんに思いを伝えるなんてこと、二度となかったかも知れない。こうして、二人きりで話すことも。だから、気にしていないのだ。そして、これで終わりになっても構わないと思っているのも本当だ。最初から青峰くんとどうなりたい、なんてことは考えてなかった。好きでいられたらそれで良かった。もし告白できたのならもう何も言うことはなかった。それが叶ってしまった今、私が唯一青峰くんに求めることと言えば、あの時私を叩いたことに対してではなく、私の気持ちに対しての「ごめん」の一言だけだ。
 けれど、私の希望とは裏腹に、青峰くんはおもむろに私の手首を掴むと歩き出した。体育館からはどんどん離れて行き、逆に校門が近付く。

「帰るぞ」
「あおみね、くん!」
「…んだよ」
「手…!」

 強く握られた手。一気にそこへ熱が集中する。青峰くんは速足でどんどん歩いて行くため、引っ張られている私は転ばないように必死だ。背も足の長さも違うのに、お構いなしに前ばかり向いて歩く青峰くん。私はもう息の切れる寸前だ。校門を出て少しした所で、ようやく青峰くんは立ち止まる。私は勢いで青峰くんの背中にぶつかるけれど、青峰くんはびくともしない。こっちを向かない青峰くんが何を見ているのかは分からない。どんな表情をしているのかも分からない。そしてぽつりと青峰くんは言った。

「マネージャー、辞めんなよ」
「へ…?」
が辞めて寂しいのはテツだけじゃねーんだよ」

 その言葉を最後に、沈黙が訪れる。そんな中で青峰くんの言葉を反芻し、噛み砕いてみる。けれど何度頭の中で繰り返したところで上手く理解できない。私の都合のいい解釈になってしまう。それでいいのだろうか、青峰くんがこっちを向かないことを含めて、私の都合のいいように解釈してしまって良いのだろうか。

「…行くぞ」

 ぐずり始めた私のことなど見向きもせず、また青峰くんは私の手を引いて、今度はゆっくり歩き出す。泣き顔を見ないでいてくれてるのかなとか、ただの照れ隠しなのかなとか、いろんなことを考えながら、私はひたすら俯いて青峰くんについて行った。








Fin.



(2013/08/12)