衝 動





「色々考えたの」

 さつきちゃんがぽつりと言った。…あの後、タイミングが良いのか悪いのか、部活にやって来たさつきちゃんに発見された私と青峰くん。「またちゃん泣かしてる!近付くの禁止!」と言いながら、さつきちゃんは泣いている私を青峰くんから引き剥した。そのまま体育館を連れ出され、今に至る。

「色々、て?」
「なんでちゃんをいきなり打ったんだろうって。だいちゃん、きっとちゃんに足を痛めたのがバレて、恥ずかしかったんだと思う」
「どうして…」
ちゃんが好きだからよ」

 確信に満ちた声でさつきちゃんは言う。まさか、そんなはずがない。あれだけ冷たいことを言われて、睨まれて、突っぱねられて、拒絶されて、それでも好きだったのは私だけれど、青峰くんの態度からはそんな様子は少しも窺えない。それでも自信たっぷりな顔をするさつきちゃんを、私は訝しげに見つめた。
 部活が始まったのか、体育館からは掛け声が聞こえる。そろそろさつきちゃんも行かなければならないのでは―――私の方が危機感を抱いた。そういえば、私もまだやりかけの仕事があったのだった。それを片付けて退部しようと思っていたのに、結局黒子くんや青峰くんと話し込んでしまい、部室のテーブルにはタオルの山がそのままになっている。

「誰も好きな子にかっこ悪い所なんて見せたくないでしょ?」
「そうだけど…」
「それに、ちゃんとテツくんが喋ってると、すごい顔してちゃんを見てるの」

 おかしそうに笑いながら言うけれど、そんな所は一度も見たことがない。いつだって青峰くんは飄々としていて、別に、特別私に優しいことがなければ、冷たいこともなかった。誰にでもとるような、そんな態度だ。黒子くんたちといる時は、やっぱりよく笑っていて楽しそうだったけれど、特別な表情を向けられたり、言葉を掛けられたことなど一度もなかったのに。そう、頬を叩かれることだけが、唯一特別な出来事だった。
 信じられず、私は口を閉ざす。さつきちゃんは、答えあぐねている私に苦笑いした。そして話を続ける。桃色の長い髪が、私も前で揺れた。

「だいちゃんとはどうするの?」
「…どうも、しないと思う」
「付き合わないの?」
「まさか」

 思いもよらぬ質問に驚くと、それ以上にさつきちゃんが驚いて見せた。
 付き合うも何も、まずは一回ふられている上に、さっきも何の答えも聞いていないのだ。ここへまた返事を聞けば、私は非常にしつこい人間になってしまう。だから、私はどうもしない。きっと、またこれまでと同じように見つめ続けるだけだ。青峰くんに気付かれないように、時々、そっと。それで良いのだと思う。けれどさつきちゃんは納得していないようで、口を尖らせて私の方を振り返った。
 何度、さつきちゃんになりたいと思ったことだろう。躊躇せずに、竦まずに青峰くんと話せて、笑い合える。もちろんそれは幼馴染という長い付き合いの上に成り立っている関係だし、私とさつきちゃんは性格も違うのだから、同じことなんてできなくて当たり前なのだが。それでも私は羨ましかったのだ。理由もなく話せる、理由もなくメールができる、それが私は、とても羨ましかった。

「無理だって分かってるから、好きだって言ったし、その時、青峰くんに抱きついたの」
「そんなことしてたの!?」
「それで突き放されても良いって、その時は思ったから」

 事実、避けられたし冷たくされた。いや、私から避けていたのが大きいか。取り敢えず、その時は勇気を振り絞ってみたものの、結局耐えられなかったのは私の方だった。顔を合わせられないほどのことをしたのだと、後になって自覚したのだ。好きでもない人間に抱きつかれて嬉しい人などいない。羞恥心と、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 けれど、今日はあの日とは逆だった。青峰くんに抱き締められた途端、何が起こったか分からなかった。自分でしたことと同じことをされただけなのに、酷く混乱した。固まって、動けなくて、声も出なくて、けれど涙だけは出続けた。そんな私を一層強く抱いた、青峰くんの腕。…思い出すと、かあっと顔が熱くなるのを感じた。やっぱり、青峰くんが好きなのだ。

「だいちゃん、きっと後悔してるよ」
「…うん」
「無理にとは言わないけど、またゆっくり話してあげて。話せばわかるよ、悪い子じゃないから」
「さつきちゃん、お姉さんみたいだよ」
「同じようなものだからね」

 いたずらっぽく笑ってさつきちゃんは言う。青峰くんが聞いたら怒るだろうな、と思いつつ、私もつられて笑った。こんな風に笑うのは久し振りだ。最近はずっと悩んでいたため気持ちも晴れず、さつきちゃんに随分心配させてしまったようだ。
 さつきちゃんの言ってくれた通り、今度はもうちょっとゆっくり青峰くんと話してみよう。言いたいことだけ言って逃げていたのでは解決しない。こんなにもぎこちないままではいられない。さつきちゃんが最初に言っていたことが合っているのかどうかは別として、ちゃんと青峰くんに返事をもらって、それで終わりにしよう。








 

(2013/01/15)