衝 動





 もう部活に行けないと、あの後さつきちゃんに泣きながら電話をした。青峰くんに嫌われていたのだとことも話した。さつきちゃんはただ私の話に「うん、うん」と相槌を打つだけ。だけどそれが何よりも私の気持ちを受け止めた返事なのだと、私は分かっていた。そして、さつきちゃんに言えば「無理しなくていいよ」と言ってくれることも。
 翌日、目は当然のように腫れていた。部活に行けないといいながら、昨日放知して帰った仕事をほったらかしにしたまま辞めると言うだけの無責任さは持てない。HRが終わると、私はさつきちゃんを置いて教室を飛び出した。あのやりかけの仕事だけ早く片付けて、部員が集まる前に帰ろう。…そう、決めたのに。

さん、今日は早いですね」
「黒子くん、こそ…」

 畳んでいない積まれたタオルに手を伸ばしたその時、現れたのは黒子くんだった。仕事が追いつかない時、よく手伝ってくれたのは黒子くんだった。人のことによく気が付く黒子くんは、自分だって練習があるだろうに、声をかけてくれるのだ。けれど、今日ばかりは見付かりたくなかった。仕事を片付けたらそっと出ていくつもりだったのだ。
 黒子くんは部屋に入ってドアを閉めると、「もう来てくれないと思っていました」と言う。もちろんそのつもりだったとは言えず、苦笑いで返す。

「私がいなくても部活は回るよ」
「でも寂しいです」
「何もできないのに」

 ルールもなかなか覚えられず、さつきちゃんのように直接的に関わることはない。いればいたで「ああ、いたのか」程度の存在。
 自虐的なのは昔からだ。類は友を呼ぶ、なんて言葉は私には当て嵌まらず、小さい頃から私の周りは人より抜きん出た特技を持つ人達ばかりだった。私はひたすらに目立たず、これと言って特技も持たず、ぱっと目を引く容姿をしている訳でもない。だから余計、過剰に自信が持てない。

「青峰くんに言い返さないんですか」
「昨日の、聞こえちゃった?」
「聞くつもりはありませんでした」
「ん、大丈夫」

 自信が持てない。自分自信にも、自分の言っていることにも。だから青峰くんに何も言うことができなかった。好きだと伝えたのが精一杯。あの時は、青峰くんに叩かれたあの日は、どこかおかしかったのだ。叩かれたことで何かネジが外れたかのように、いつもの私からは考えられないほど大胆な言葉がこの口から飛び出した。そんな私に驚いたのは青峰くんだけではないのだ。
 その後はまたいつもの私に戻った。端から見れば、青峰くんに言われっぱなしのようなのだろう。告白の答えを聞きたくない訳ではない。放置されたままの私の気持ちをなかったことにされたい訳でもない。けれど、答えを聞くのは怖い。

「青峰くんが好きなの」
「知ってます。青峰くんにもそう言えばいいじゃないですか」
「もう言ったよ」
「…彼はなんて?」
「聞いてない。聞けない」
「なんで…」
「元からどうこうなりたかった訳じゃないから、いいのそれで」

 臆病な私を丸出しにした言い訳。心の底ではこんなにも後悔しているのに。言わなければよかった。そうすれば関係は悪化しなかった。青峰くんと話したい、これまでみたいに話したい。彼女になりたい訳ではなかったのだ。好きでいられればそれで良かったはずなのだ。
 きっと黒子くんも腑に落ちないのだろう、何も言わないけれどそんな顔をしていた。きっと黒子くんは、青峰くんから答えを聞くのが怖いことも、恐らく見抜いているのだろう。








 

(2012/11/09)