衝 動





「無断早退・欠席は見過ごせない」
「…はい」
「マネージャーだからって甘く見たりはしないよ、

 青峰くんとのことがあり、気まずかった私は部活を初めて休んだ。あれから四日目、とうとう部活時間に赤司くんに呼び出された私は、さつきちゃんもいる中、お叱りを受けていた。

「今日から一週間、桃井の分も雑務を請け負うように」
「赤司くん!」
「特別扱いはしない」

 さつきちゃんが泣きそうな顔で私を見ている。それもそのはず、こんな大所帯のマネージャーの雑務なんて、並大抵ではないのだ。私もようやく仕事を覚えた ばかりで、洞察力に長けた赤司くんならそれは分かっているはず。分かった上でそんなペナルティを言い渡した。悪いのはもちろん私だから、文句も不満もな い。あの量の仕事を一人でこなすのかと思うと恐ろしくはあるが、赤司くんの決定は揺るがない。はい、と返事をするとそれで解放される。

「無理しなくて良いんだよ、一日で全部やれって言ってるんじゃないんだから。私もフォローするし…」
「いいの、私が勝手に休んだのがいけないんだし」
「でもそれは、」
「ありがとうさつきちゃん、大丈夫だよ」

 精一杯笑って見せる。誰も私が一人で全てをできるなんて思っていない。十人いれば十人がそう思うだろう。それでもやるしかないのだ。そうでなければ、私 をマネージャーにと推してくるたさつきちゃんに申し訳ない。それに、私以上に気まずさを感じているであろう彼、青峰くんのこともやはり気になる。
 久しぶりに部活ジャージに着替えて体育館へ向かうと、親しくしていたレギュラー陣からは特に、初めて来た時のように視線を浴びてしまった。中でも青峰く んは信じられないとでも言うような目で私を見、すぐに目を逸らされた。そのことに寂しさを感じたがぼやぼやしている暇はない。仕事は山ほどあるのだ。私は 挨拶もそこそこにすぐ裏手に回った。
 洗濯に掃除、不足物品の買い出しや請求、資料の整理―――さつきちゃんだけでは到底無理だった雑務の山がそこにはあった。さつきちゃんには試合データを まとめるという大切な役割があるため、こういう仕事はどうしても後回しになる。その状況を見た赤司くんがさつきちゃんに、信頼できるマネージャーをスカウ トして来いと言ったのだ。それなのに、いくら覚えが悪かろうと私がいなければ意味がない。何度も何度も心の中で謝りながら、私は仕事を片付け始めた。
 けれど終わらないものは終わらない。外が暗くなり、殆どの部員が帰ってしまっても、まだ仕事は終わらずにいた。静かになった体育館からは、時々ボールを つく音や走る音が聞こえてくるくらいだ。こんな遅くまで誰が自主練しているのだろうか。気になっても、部室で洗濯物を畳んでいる私はそれを確かめに行くこ ともできない。
 積まれたタオルの山もようやく小さくなって来た。これが終わったら今日は帰ろう―――そう溜め息をついた時、部室のドアが開いた。驚いてドアの方を振り返ると、そこには青峰くんがいた。

「…まだ、残ってたのかよ」
「あ……青峰くんこそ」
「いい加減帰れよ」

 何の色もなく冷たい声で言い放たれたその言葉に、胸の奥がずきりと痛んだ。頬を叩かれた時よりもずっと痛い。…そういえば、体育館の方から何も音がしない。もしかして、さっきまで残っていたのは青峰くんだったのだろうか。
 私は邪魔なのだ。あんなことがあった以上、青峰くんとって私は、目障りな人間になってしまった。だとすれば辞めるしかない。だって、マネージャーをして いれば必ず接触しなければならない場面に出会うのだから。もっとずっと青峰くんを見ていたいというのは私の勝手だ。私以上に仕事を覚えるのが早い子や気の 利く子はたくさんいるはず。偶然、さつきちゃんと友達だったから推薦されただけで、向いているか向いていないかはまた別の話なのだ。

「もうちょっとで終わるから…あの、鍵はかけておく、」
「そういう意味じゃねーよ!そんな仕事明日でもいいだろ!帰れよ!」

 突然怒鳴られ、持っていたタオルを落とした。泣くな、と自分に言い聞かせても勝手に涙がこぼれて来る。
 近付けたと思っていた。さつきちゃんには敵わないけれど、青峰くんに近付けたのだと思い込んでいた。部活以外でも話したり、時々メールをしたり、そんな些細なことで仲良くなれたと勝手に勘違いしていたのだ。だから何もショックを受けることなんてないのに。勝手に浮かれて、喜んで、けれど実は違った、ただそれだけなのに、なんでこんなに心臓が悲鳴を上げそうなのだろう。

「ごめ…も、かえる…から、」

 顔も見ずに部室を飛び出す。逃げ出したくて仕方なかった。たとえ仕事が途中で、机の上にまだ洗濯物が残っていようと、洗い物が途中であろうと、とにかく青峰くんの目の前から逃げ去りたかった。
 嫌われていないだなんて、それも思い込みだった。なんで、こんなにも嫌われていることを今まで気付けなかったのだろう。








 

(2012/10/26)