もっと。



 重くて怠い身体。四肢を動かすどころか首を巡らせることも怠い。すっかり寂しくなったベッドの右隣、そこから先を目だけで辿ると、大きな背中が視界に入った。どうやら彼はすっかり元気なようで、身支度を整え始めている。

 私と緑間はいつもこうだ。私たちに甘いピロートークなどなく、私が眠っている間に緑間は片付けやら何やらを終えてしまう。付き合っているにしてはやけにあっさりしていると、私も感じていた。お互いベタベタしたいタイプではない。必要以上にいちゃつきたい訳でもない。けれど、目が覚めた時のこの言いようのない寂しさだとか空虚感を、私はどうすればいいのだろう。ひょっとして緑間は、私は何も感じていないとでも思っているのだろうか。

(こういうことをするのが嫌な訳じゃないけど…)

 決して快楽だけでなく疲労も倦怠感も伴う行為の後、労ってもくれないことはどうしようもなく辛い。言葉が欲しい訳ではないのだ、温めてくれる体温が、抱きしめてくれる腕が欲しい。彼の鼓動で目覚められたらどんなに満たされるだろう。お互いが好きで付き合っているはずなのに、私ばかりが思ってるんじゃないかと思い込んでしまう。緑間が好きでもない相手を部屋に招き入れる人間じゃないことを理解しつつも、なお。

「ああ、目が覚めたのか」
「…うん」

 一度振り向いて、けれどすぐにあっちを向いてしまう。私が隠れてしまうほどの大きな背中。そこにはさっきまで私が必死にしがみついていた赤い爪痕が幾つも残っていた。いけないことだと分かっていても、彼から与えられる快感は余りにも大きく、受け止めるには声を上げるか爪を立てるかしかない。求められたからには応えたいのに、慣れない刺激に耐えられない私の身体は、いつも弾みで爪を立ててしまう。そしてその瞬間、痛みに耐えるみたいに息を詰める緑間が好きなのだ。それを聞いたらきっと、もう二度としがみつかせてくれなくなりそうだから言っていない。

 時々、彼の手背にも爪痕を残したくなる。緑間にとって手は命と言っても過言ではないため、それは決して許されないことだが。けれどその禁じられた領域に踏み込んでみたい。本当はもっともっと直に手で触って欲しい、指先で私を翻弄して欲しい。緑間の手は私を快楽の淵へどこまでも誘って行くのだから。でも、無意識に自身の手を庇う緑間は、普段からあまり私に触れてくれない。触れたとしてもそれはテーピングの上からなのだ。

 やっぱり、欲しい。そう思った私は、服も着ないまま駆け寄って緑間に後ろから抱き着いた。

「…離すのだよ」
「やだ」
「なぜだ」
「もっと、傍に居てよ。終わったらポイじゃなくて」
「そんなことオレがいつしたのだよ」
「いつもしてんじゃん!」

 泣きながら訴えると、緑間は勢いよく振り返って私の両肩を強く掴む。そのまま私に噛み付くようなキスをした。私よりずっとずっと大きな緑間、その逞しい腕から逃れることなどできるはずがなく、身をよじっても胸を押し返しても唇が離れることはない。荒らすために侵入する舌すら拒むことができず、混ざり合う唾液は耐えられずに口の端を伝った。限界を訴えようとしてもくぐもった喘ぎのような声しか出ない。いや、既に喘ぎ声に変わっていた。

 こんなにも荒っぽいキスをされたのは初めてだ。嫌がらせか何かのつもりなのだろうか。更に緑間は、私をひょいっと抱えると再びベッドに放り投げた。衝撃の後にゆっくり目を開けるとに、私の上に緑間がいた。

「責任をとれないなら煽るな…!」
「みどり、ま…?」
はすぐに意識を飛ばす。だから無理をさせるまいとしていた、なのにから誘えば意味がないのだよ!」
「………我慢、してくれてたの…?」
「当然なのだよ」

 そう言うと私の髪を撫でる。その手は優しく、愛しいと言ってくれているみたいに思えた。さっきとは全く違う意味を含んだ涙が目の淵から流れた。目元に口づけ、涙を舐め取るとそのまま額や頬に唇を落として行く。そして最後に唇へ。もう、さっきのような強引なキスじゃない。目が合うと、緑間は困ったように眉根を寄せていた。まさか、そっけない理由が私への欲情だなんて、誰が想像できよう。また俄かに欲に濡れていく彼の目を見ていると、私まで身体が疼くのを感じる。

「気が済むまで、いいよ」
「…無理を言うな、続きを強いてる訳ではない」
「でも、私が、今したい」

 そっと彼の腕に手を這わすと、驚いたようで目を見開いた。「ねえ、真太郎」見つめながら名前を呼ぶと、緑間は溜め息をつく。そして「知らないのだよ」とまた溜め息混じりに言い、彼は私に覆い被さった。私はこれから、限界のその先を知るのだろう。










(2012/12/22)