私の癖毛に通す黄瀬くんの指を見て思った。 「…噛んでみたい」 そう私が言うと黄瀬くんは一瞬目を瞠り、けれどすぐに微笑んで見せた。「どうしたっスか?」「なんとなく」その男子特有の骨張った指を見て、ふと湧いた言葉がそれだったのだ。この指がいつも私に触れ、私を惑わせ、深い海の底へ落とし込む。それはなんだか甘美な夢のような心地だった。ただ日が明るいというだけで、あれは夢だったのではないかと思うほどに。 「いいっスよ」 「え?」 「は特別だから」 さっきまで髪を弄んでいた人差し指で、私の唇をなぞってみせた。一秒、二秒、まるで誘惑へのカウントダウンのように、唇に触れた手を離さない。薄く開いた唇を割って、黄瀬くんの指が侵入して来る。熱を持つ粘膜に、その熱は少し低い。ゆっくりと挿入された違和感も、やがて同じだけの熱となり、溶け込んで行く。誘導されるみたいに、私の舌はその長い指を搦め捕った。 「ほら」 あやしく笑い、誘惑の一言を告げる。けれどいざ彼が許すと私は臆病になり、当然歯型など残せるはずがなく、恐らく彼の予想していたであろう甘噛みしかできなかった。しかしそれで満足したのは黄瀬くんの方で、窺うように私を覗き込み、唇を三日月の形に歪める。そして引き抜いた指と私の唇を繋ぐ細い糸が簡単に切れると、彼は自身の指を舐めたのだった。 (2012/09/16) |