高校一年生になってすぐ、付き合い始めた一つ年上の先輩に突然押し倒されたことがあり、突き飛ばして別れを切り出された。その後、三年の先輩と付き合ってキスされそうになった瞬間突き飛ばして別れを告げられた。そして先週、隣のクラスの子と付き合って手を繋がれた瞬間振り払って別れることになった。高校一年の秋、既に私は三人の男の子と付き合った訳だが、その誰とも長続きせず今に至っている。三人、という数字だけ聞けばとっかえひっかえのように聞こえるが、事情を聞いた友人は哀れんだ目で私を見るばかりだ。
 確かに、男に対する免疫はない。中学は一切付き合うとかなんだとか言うこととは縁がなかったし、男友達はいれどそれ以上にはならなかった。そうなると、私の見る目がないのか、安易に「付き合って下さい」に首を縦に振ったのが悪かったのか。恐らく、後者だ。
 そんな話を何となしに同じクラスの青峰に話していた。かなり背も高く柄も悪そうで口も悪いけれど、実際それほど悪いやつじゃないことは、隣の席になってから知った。大体私の恋愛事情も知っていて、それを聞いては顔を歪めるばかりではあるが。

「スローペースで恋愛したいってそんなに変な事なのかなあ…」
「俺が知るか」
「ね、青峰は好きな人とかできたことあんの?」
「俺に振るんじゃねぇよ」

 友人は委員会、私は友人待ち、青峰は部活のサボリ。教室には私と青峰の二人しかいない。外からは野球部だかサッカー部だかの声が聞こえて来て、廊下からはまだどこかの教室に残っている生徒の笑い声が聞こえて来る。しかし、この教室の空気は重い。そう思っているのは私だけかも知れないが。青峰はさほど恋愛沙汰に興味はないようで、私の話を聞くのもそこそこにずっと携帯をいじっている。何かゲームでもしているのだろうか。
 それもそうだ。青峰からすれば私の彼氏事情なんてどうでもいい。寧ろ毎回散々な結果を聞かされてそろそろ嫌気が差しているかも知れない。それでも私は、とりあえず話を聞いて欲しくて続けた。視線は交わらないままだ。

「何でもないこと話したり、下らないことで笑ったり、一緒に帰ったり、それだけじゃ駄目なのかな」
「…………」
「それより先って、そんなに急がないと駄目なものなの?」
「…が純粋過ぎんだろ。世の中そんなんで満足する男がいるかよ」

 わかんないじゃん、とは言えなかった。事実、私がこれまで付き合って来たその男たち三人は私とはペースが合わなかったのだ。たった三人で何が、と言ってくれる人もいれば、三人も見て見れば分かるでしょ、という人もいる。
 夢見過ぎていたのだろうか。もっとゆっくり、私と歩いてくれる人もいることを。ものすごく相手のことを好きだった訳じゃない。付き合う内に好きなるかも知れないと思った。けれど気持ちが変化して行く前にあらゆることを急かされて、結局は私から拒んだ。でもつまり、たった一度の拒否で別れを切り出されたということは、相手もさほど私のことを思っていなかったのだろう。じゃあ、一体私の何を見て「好きです、付き合って下さい」なんて言ったのだろう。思い出して、悲しくなる。

「ジゴウジトクだろ」
「無理して難しい言葉使わなくて良いよ、青峰」
「うるせぇ」
「でも、そっかあ…自業自得か…」

 悲しくなる。段々悲しくなって来る。心のどこかで、私は浮かれていた。生まれて初めて誰かに「好きだ」なんて言われて、その言葉に舞い上がっていた。相手をちゃんと見ていなかったのは私も同じじゃないか。けれど、全力で好きだった訳でもないのに、ぽっかりと心に穴が空いてしまったみたいだ。その隙間からはずっと冷たい風が入りこんで私の心の中を冷やして行く。けれど涙は渇くことはない。どうすればよかったのだろう、何が駄目だったのだろうと、その繰り返しだ。
 じゃあ、こんな私を受け入れてくれる人はどこにいると言うのだろう。私と同じペースで、同じ歩幅で歩いてくれる人には出会えるのだろうか。

「あー…泣きたい」
「…俺だったら」
「え?」
「俺だったら好きなヤツを泣かせることなんてしねーよ」

 絶対にな。そう付け加えて、携帯を制服のポケットにしまう。もう帰るのだろうか、ごそごそと机の中身も漁り始める。青峰は大体置き勉しているはずなのに、何を探しているのだか。
 けれど、青峰の口からあんな言葉が出るなんて意外だった。優しい所もあるんだ、と見直した。そして結構驚いた私は、出かかった涙が引っ込む。代わりに、目を見開いて青峰を見ていた。そんな私の視線に気付いた青峰は、「泣きそうになってんなよ」とまた眉根を寄せて言う。
 そう言えば、青峰は口は悪くても私を馬鹿にしたり嘲笑ったことはなかった。なんだかんだで話は聞いてくれるし、今みたいになんでか困ったような、苦しそうな、そんな顔をする。
 もし青峰だったら―――そんな考えが一瞬頭をよぎって、振り払おうと頭を振る。何を考えているのだろうか、私は。こんなの、これまでの二の舞だ。軽率にOKしたから今こんなことになっているというのに、私はまた変な事を考えてしまっている。だから馬鹿なのに。駄目なのに。
 垣間見えた青峰の意外な一面に、思わずどきりと胸が鳴る。

「泣くなよ」
「なに、いきなり」
「俺が触れない内に泣くなよ、拭ってやれねーだろ」

 そう言うと、青峰はポケットティッシュを投げて寄越す。カラオケ店の名前が入ったそれは、恐らく駅前などで配られているものだろう。手の中にあるそれと、青峰の横顔を交互に見やる。さっき机の中を漁っていたのはこれを探すためだったのか。少しよれてしまってはいるものの、未開封のポケットティッシュ。

「どうしても泣くなら、俺がに触れるようになってからにしろ」

 泣くなと言いながら、こんなものを私に渡すなんて矛盾している。こんなの、泣けと言っているようなものだ。またじわりと目元が熱くなるのを感じていると、ガタンと大袈裟に音を立てて青峰が立ち上がった。この男は人を驚かさないことには済まないのか。
 そんな青峰を見上げていると、また青峰も私を見下ろす。そして、自分の以外にも私の鞄を引っ手繰ってすたすたと教室を出て行こうとする。

「ちょっと!それ私の鞄!」
「帰るぞ」
「はぁ!?」
「返して欲しかったら追い駆けて来いよ」

 にやりと意地悪そうに笑って言うと、走って廊下を去って行く。さっきもらったポケットティッシュを握りしめ、慌てて青峰を追い駆けるものの、その背中はどんどん遠くなるばかり。ぜえぜえ言いながら階段を駆け下り、ようやく昇降口まで辿り着いた時には、もう立っているのも困難なくらい足ががくがくしていた。靴箱に手をついて肩で息をしていると、「ほらよ」と言って今更鞄を返して来る。けれど受け取るだけの力なんて残ってなくて、どさりと床に放り投げられる。
 何がしたいんだ、この男は。恨みがましく睨む。そんな私とは違い、余裕たっぷりな顔で私をまた見下ろしている。

「追い駆けて見ろよ」
「は、あ…っ?」
「今みたいに全力で俺を追い駆けてみろよ。俺ならを泣かさねえ」

 何だそれ、何の宣言だ。現に今、これだけ走らされて泣きそうになっているというのに。やっている事と言っている事がめちゃくちゃだ。理解できなくて、頭が追いつかなくて首を傾げる。走り過ぎて脳に酸素が足りていないのだろうか。それとも、その言葉をまた軽率に真に受けていいのだろうか。
 ぐらぐらと揺れる心の天秤。あと少し、あと少しで傾いてしまいそうだ。青峰の背中を追い駆けて、掴むために。








(2014/08/29 青峰大輝誕生日おめでとう!)
主催企画『恋は盲目』にて