ピンポーン、という音に玄関へ走って行けば、そこにはげっそりとした和成くんがいた。私は目を丸くして問う、どうしたの、と。しかし何も答えず「取り敢えず入れて」と言って私に凭れかかって来る。

「あ、危ないって」
「ごめんね、ちゃん…」
「いや、まあ、…大丈夫だけど」

 私が引っ張るようにして部屋に招き入れると、早速ローテーブルに突っ伏していた。その間に、冷蔵庫から何のしゃれっ気もないただの水を取り出してコップに注ぐ。ちらりと振り返ってみても、やはり和成くんはぐったりとテーブルに突っ伏したまま。
 彼は時々、こう言うことがある。なんでここまで無理をするのやら、と呆れることがあるが、どうも二十歳を目前に今更性格など変えられないらしい。それはまあ、私も同じな訳ではあるが。

「飲む?」
「ありがと」
「ただの水だけど」
「や、それが一番嬉しい」

 そう言って、いつもより力なくへにゃっと笑った。ついきゅんとするが、いやいやそれどころじゃない。今度はどうしたの、と言いながら思ったより硬い髪質の頭を撫でてやる。うーん、と唸ってしばらく、返答はない。やがてのろのろとコップに手を伸ばして、水を一気に流し込む。それから間を置いて、私に手を伸ばすとぎゅうっと抱きついて来た。
 こういう時は大体、私から深く聞かない方が良い。和成くんの好きにさせて、彼から口を開くのをただ待つのだ。彼には彼のタイミングがある。私には私のタイミングがあるし、私が参ってしまった時は和成くんが傍に居てくれる。今日は偶然、和成くんがそういう日だっただけで。
 周りの友人たちは「あんたたちって相当面倒臭い」と言うが、私はそうは思わない。別に毎日毎日こんな感じな訳ではないし、ちゃんと…というと変だが、楽しく付き合っているのが大部分であり、仲良くやっている時もあれば口論することもある。お互い大学生活も充実しているし、和成くんはバスケ部も楽しそうだし、だからって私との時間を疎かにするなんてこと、したことがない。こうして落ち込んだりすることは、面倒臭いことなのだろうか。私にはあまり、分からない。

「なんか、すっげぇ疲れた」
「うん」
「俺って、周りにどう思われてんのかな」
「いつもにこにこしていて明るくて人当たりも良くて自然と人が寄って来る、それでもって器用でなんでもこなす、みたいな?」
「そう、それ」

 すげぇ疲れる。二度目、その言葉を口にした。そりゃそうだろう。言わば、愚痴や文句を言えないような人として周りからはイメージを作られてしまっているのだ。和成くんだって弱る時は弱るし、参る時は参る。耐えられないことがあれば堪えることもある。そういう誰にでもある当たり前のことが、和成くんにはないと誤解する人間も中にはいるだろう。浅い付き合いの人物であれば尚更。
 けれど私は知っている。本当は全部の期待になんて答えられるようなできた人間じゃないことを。弱音も愚痴も全部隠して笑っていることを。嘘の笑顔ばかりではないけれど、私や高校からの付き合いである緑間くんくらいしか見抜けない“無理をしている顔”というのがあるのだ。そのガス抜きのタイミングを一歩間違えると和成くんは大分潰れてしまう。私の前でいつも通りに戻るまでに結構時間がかかるのだ。
 それは、決して面倒臭いことではない。苦しそうな顔をしている和成くんを見るのが辛いのだ。早く元気になって欲しい、いつも通りの笑顔を見せて欲しい―――そう思えど和成くんには和成くんのペースがある。だから私はひたすら待つのだ。

「私は、和成くんをそんな風に思ったことないよ」
「…………」
「もちろん元気で明るい和成くんが一番だけど、こうやって私だけ頼ってくれる和成くんも好き」
「それじゃオレ、かっこ悪いじゃん」
「かっこ悪い所も全部好き」

 ふふ、と笑うと私の体を抱きしめる力は一層強くなる。よしよし、と髪を撫でてやるとまるで猫のようにすりついて来る。
 強い所も、弱い所も全部好き。好きな所を言い出せば、きっと際限がない。私が甘えたいと時に甘えさせてくれる所、話を聞いてほしい時に聞いてくれる所、泣きたい時に泣かせてくれる所。その逆で、私だけに弱い所を見せてくれる和成くんも、「傍にいて」と言って離してくれない所も、疲れ切って私に寄り掛かって来る所も。何もかもが愛しいと思う。
 理解できない、と周りは言う。けれど恋人の在り方なんて十人十色だ。私たちは私たちの関係を間違っているとは思っていないし、これで良いと思っている。これでお互いが疲れたことなんて一度もないのだから。与えた分だけ与えられ、求めた分だけ求められる。どちらが上でも下でもなく、対等な関係。決して和成くんは私を下には見ない。弱い所があると理解してくれてはいるけれど、過保護になったり過剰な心配はしたりしない。お互いそうだ。だから付き合っていられる。だから好きでいられる。

「オレさ、本当は何もできないし情けない所いっぱいあるけど」
「うん」
ちゃんを誰よりも好きってのは誰にも負けないから」

 誰に対する対抗心だ、と苦笑いしながら「うん」とまた答える。
 この調子なら明日の朝には戻っているだろうか。朝から元気な和成くんが見られるだろうか。「おはよー!」なんて、朝からエンジン全開の眩しい笑顔を見られることを、密かに私は期待しているのだ。こうして頼ってくれることは嬉しいけれど、元気がないのはやっぱり寂しい。だから、背中を押すつもりで最後に一言、和成くんに言った。「和成くんはいつだって私の一番だよ」と。






(2014/06/23 遅れましたが乃依ちゃん誕生日おめでとうございました!)