「こんにちはーっ!今日もよろしくお願いしまーす!まずは洗濯室行って来るので何かあったら呼んで下さーい!」 「いい子じゃない、ちゃん。真面目だしよく働くし元気だし…なんでマネ推薦に渋ったのよ」 「いや…それはその…」 あいつはカメレオンか。正直にそう思った。が教室と違って真面目に仕事をしている。
さんってあんなに明るい子だったんですね。アップをしながら黒子がそう話しかけて来た。そうか、こいつは特にとクラスで接点がないから知らない。実はものすごくしゃべりたがり屋なこと、ずっとにこにこ(にやにや?)笑っていること、すっげぇ明るい声を持ってること。 今月の頭に席替えをして二週間、はあまりにもマネージャーをやりたいと言うので、カントクに相談してみた。もちろんルールも何も知らないバスケ素人であること、それ以前にスポーツ全般全くできないことも含めて相談した。が、カントクは二つ返事で「いいわよ」と言ったのだ。いいのか!!と反論したくなったが、「確かに練習以外の仕事してくれる子が欲しかったのよね」と切実に言っているのを見て、それ以上は何も言えなかったのだ。 「なにあれ、火神のカノジョか」 「違ぇ!!…っスよ!!」 「カントクの言うとおりいい子じゃん、な、日向」 「ああ。仕事覚えも早いしな。要領いいんだろ」 伊月先輩と日向先輩にまでは認められているようだ。元より、あの明るい性格があれば初めての場所でもそれなりにやって行けるのだろう。バスケ部マネージャー初日から特に緊張した様子は見られなかったし、部員ともすぐに打ち解けていた。その日からすぐに仕事の説明をされていたが、早口のカントクに対し必死にメモを取る姿は授業中と同じくらい真剣な表情だったのだ。物凄く、珍しい。 (どっちが本物のなんだよ…) 洗濯カゴに乾燥機まで回し終えた大量のタオルを入れて戻って来たは、ふらふらと覚束ない足取りだ。それでも目的地までなんとか運んで、そのカゴを床に置いた。…見てるこっちが危なっかしい所もある。 部室は散らかり過ぎだから、とタオルを畳むのをはいつも体育館の隅で行っている。持参のレジャーシートを敷き、あっという間に綺麗にタオルを畳み終えてしまう。そしてそれをまたカゴに入れて部室へ運ぶ。「部室の掃除はちょっとずつして行くんで!」とカントクに言っていたっけな。まだそこまで手を出せる程、さすがのも余裕がないらしい。 そうして練習もしている内に、ふと時計を見ると十八時半。そろそろか。 「お疲れさまでしたー!」 「今日もありがとう、ちゃん。無理してない?」 「大丈夫です、明日もお願いします!あ、あと借りたいものが…」 「いいわよ、部室から適当に取って行って」 「ありがとうございます!」 はこの時間になると帰る。必ず帰る。普通、他の部活のマネージャーなら練習が終わるまではマネージャーも残って仕事をしているはず。けれど他の誰もこの時間に帰るを引き留めないし、咎めることもしない。まあ、あれでも女子だから遅くに帰るのは危険かも知れないが、不思議で仕方なかった。別に、腹が立つとか苛立つとかそういうことではなく、なぜ、と。あれだけマネージャーをやりたいやりたいと言っておいて、最後までいない。何か事情があるのだろうか。 ようやく部活が終わり、片付けをしているとまた先輩たちの中ではが話題に上っていた。 「ちゃんって本当いい子ねー。私の妹に欲しいくらいだわ」 「それじゃちゃんがかわいそ、」 「伊月くーん、ラスト体育館三十周、走るぅ?」 「いえなんでもございません」 先輩たちはをべた褒めだ。確かに真面目だ。言われたことはちゃんとやる。仕事は残さず帰る。ドリンクを作る量もいつも足らず残らず的確。こんなに器用なやつだったのか、と驚いたもんだ。教室では相変わらず「ねえねえ火神くん!!」と喧しく話しかけては来るが、そう言えば聞いて来る話の内容が最近変わって来た気がする。何見てバスケ勉強したの、とか、いまいちルールが分からないとか、ポジションがどうとか。バスケに関連する質問が増えた。その中にも時々「得意料理はなんですかー!」なんていう、個人的な質問を織り交ぜて来ることは相変わらずだが。 「良かったですね、さん」 「は?」 「同じクラスですし、褒められると嬉しいじゃないですか」 「あー…まあ、そんなもんか?」 「…火神くんって…鈍いって言われませんか…」 「はぁ!?」 大袈裟な溜め息をついて黒子は顔を逸らした。まるで自分はの事情を何か知っているかのような口ぶりだ。 「そう言えば」 「なんでしょう」 「なんでっていつも早くに帰るんだ?」 「…聞いてないんですか?」 本当に、とでも言いたそうな驚いた顔をする。そりゃあ、何も聞いていない。俺はカントクにマネージャー推薦をしただけで、「じゃあ後は本人と話して来るわね」とカントクとキャプテンである日向先輩がと三人で話し合ったのだから。その後、「マネージャーさせてもらえることになった!」と嬉しそうには報告に来ただけで、それ以外は何も聞いていない。 体育館の掃除も終わり、ぞろぞろと揃って体育館から出る。今日は俺が鍵を返しに行く当番だ。すると珍しく、「僕も行きます」と黒子が言い出した。特に断る理由もないので「おー」と返事をする。 その道中だった。が早く帰る理由を知ったのは。 * 「火神くんおはよー!」 「…おう」 「あれ、なんか機嫌悪い?寝不足?ダメだよー練習に支障来すからね!」 支障を来すのはお前の方だろうが、と思いつつも、いつも通りに振る舞う。こいつは本当にカメレオンみたいなヤツだ。 昨日黒子に聞いた話はこうだ。実はは東京より外から受験して来た生徒で、何でもその理由が、この近所に住む祖父母の面倒を見るためだったとか。祖父母共に高齢で家事も儘ならないため、その手伝いをするためにこの学校へ来たと。だから学校が終わればすぐに帰り、夕ご飯を作ったりお風呂の介助をしたりして、自分も勉強をして寝る、と。帰宅部ならそれは簡単なことなのだろう。けれど部活に入るとそうも行かない。は中学生時代に吹奏楽部に入っていたそうだが、それも諦め帰宅部に。 それでもやっぱり何かしたいと諦めきれないのは仕方ない。たった三年間しかない高校生活だ。が嫌々祖父母の面倒を見ているとは思わない。あの顔を見ていれば分かる。けれど、それならなんでマネージャーを選んだんだ。時間に縛られない部活なら、緩い部活ならもっとたくさんあるはず。マネージャーをしていての得になるものはあるのか。 それを考えていたら、昨日はあまり眠れなかった。鞄の中身を引き出しに入れるを横目に、俺は話しかけた。 「、マネージャーしてて本当に楽しいのか?」 「楽しいよ?なんで?リコ先輩はお姉ちゃんみたいだし、先輩たちも気さくだし、練習中もみんなすっごくかっこいいし!」 「放課後、自分のために使おうと思わなかったのかよ」 「自分のために使ってんじゃん」 「そうじゃねえよ」 強めにそう言ってに向き直ると、は目を丸くしてぽかんとしていた。訳が分からないとは言わせねえよ、と言うと。「バレちゃったかー…」と目を逸らしながら髪をいじる。 「まー、緩い文化系の部活に入ることも考えたんだけどね、火神くん見てたらバスケ部いいなーって」 「なんでそうなる…」 「え?分からない?火神くんってやっぱりすっごい鈍いね!?」 いつもの調子を取り戻したはけらけら笑いながらそんなことを言う。昨日黒子にも言われたのと同じ言葉だ。どういう意味だ、鈍いって。 「や、いいや、火神くんそのままでいてよ。あ、バスケ中は鈍くなっちゃだめだからね!」 「ならねーよ!ていうかなんだよ鈍いって!」 「いやー、いいよいいよ、私そういう火神くんも好きだからね!」 ばしんばしんと結構容赦なく俺の肩を叩く。益々訳が分からない。今度は俺の方がぽかんとしながらを見るも、満足したらしいは鼻唄を歌いながら一時間目の授業の準備を始める。それをじっと見ていると、「そんなに見つめられたら穴空いちゃう私!」なんて言い出す始末。 なんだかよく分からないが、とりあえずは今日もらしい。 (2014/06/14 Thanks...mattarihonpo) |