挙式は、身内と数人の友人だけ呼んで行った。拘りのなかった私たちは、披露宴もしなかった。費用は心配しなくて良い、と大輝くんは言ってくれたけれど、そうじゃない。元々、披露宴はしたいとは思っていなかったのだ。ただ結婚式だけは挙げたいと言えば、都内の小さなチャペルを一緒に探してくれ、私の願いは叶えられた。
 挙式までに引っ越しや入籍など、予定を詰めていた私たちは、結婚式が終わると二人してぐったりしてしまった。けれど思えば、休日は二人でのんびりごろごろすることが多かったため、これほどアクティブな事の方が珍しかったのだ。さすがの大輝くんも疲労蓄積するだろう。
 帰宅するともう遅く、夕飯もそこそこに二人で選んだソファに並んで座っていた。私はこてんと頭を大輝くんに傾けると、大輝くんも私の肩を抱き寄せ、そのままその手で髪を撫でる。

「んだよ、
「んー、やっと落ち着いたなって」
「忙しかったからな」
「こうやってゆっくりするの、久し振りだね」

 BGM程度についていたテレビからは今日のトップニュースなどが流れたが、スポーツニュースの第一報はなんと、大輝くんと私の挙式が行われたと言うものだった。大輝くんの立場上、発表することはやむを得なかったが、まさかこんなにもタイムリーに報道されるとは思わず、私も大輝くんも面食らった。
 徐にリモコンを手に取ると、大輝くんはテレビの電源を切る。いつも主電源で切らなきゃ駄目だよと言っているのだが、今日ばかりは大目に見るしかない。私も今は離れたくないから。
 静まり返った部屋で、ただくっついて座っているとそこは不思議な空間で、今日結婚式を挙げたばかりだとは思えない。あれはまるで夢のような時間だった。両親にも、大輝くんの両親にも祝福されて、友達なんて泣いてしまって、私と大輝くんはなんだか照れ臭くて目が合う度にはにかんで。もう長い時間を一緒に過ごして来たのに、ああやって改めて結婚することを認められて祝福されるのは、嬉しいけれど気恥かしい。だけどやっぱり、とても幸せだ。

「なあ、
「うん?」
「結婚したんだよな、俺ら」
「そうだね」
「籍も入れた」
「う…うん」

 改めてそう確認されると恥ずかしいのだが、そうである。入籍すると共にこの真新しい部屋に引っ越して来て、二人での生活が始まった。まだ慣れないこともあるけれど、誰かが待っていてくれる家に帰って来ると言うのはどこかくすぐったくて、そして温かい。逆に、帰って来る人を待つということもだ。
 どきどきしながら、斜め上にある大輝くんの顔を見上げて思い出すのは、私の両親に大輝くんが挨拶に来た時のことだ。大輝くんも父も緊張してなかなか会話にならず、らしくない、と母と二人でおかしがっていた。
 両親とも、最初から結婚に反対などしていなかったが、やはり過度に心配をしたのは父だった。もしかすると、反対を口にしなかっただけで認められない気持ちは僅かでも持っていたのかも知れない。父は大輝くんに、「娘を泣かせないと約束できるか」と聞いたのだ。それに対する大輝くんの言葉が、私は嬉しかった。

『泣かせない自信はありません。でも幸せにする自信はあります』

 その話をすると大輝くんはいつも「もう言うな」と恥ずかしがって怒るが、私だってあんな言葉を言われたことがないから、思い出す度に恥ずかしい。どこで覚えて来た台詞だ、と言いたくなる。あの時は両親を前に私が一人真っ赤になってしまい、母に笑われた。
 けれど、やはり嬉しかった。あの言葉には嘘も偽りもなく、私のためだけに告げられた言葉に、私の心は幸せで満ちた。そんな風に大輝くんが思っていてくれただなんて思いもしなかったし、もう二度と聞けないような愛に溢れた言葉に、泣きそうになったのも事実だ。プロポーズだって、ロマンチックの欠片もないものだったから。
 目が合ってにこりと笑うと、「なんだよ気持ち悪ィ」なんて悪態が飛んで来るけれど、知っている。それっていつも大輝くんの照れ隠しなんだと言ういうことを。優しく私の肩を抱く手は離れないし、腕に擦り寄っても嫌そうな顔をしない。
 この休暇が終わればまた慌ただしい生活が始まる。私はカレンダー通りの休みがあっても、大輝くんはそうではない。だから、すれ違うこともあるだろうし、次にこうしてゆっくり過ごせるのはいつか分からない。だから、私は存分に甘えるのだ。


「なに?」
「嘘じゃねぇからな」
「何が」
の親父さんに言ったことだよ」

 ぶっきらぼうに言われたことに、私はきょとんとした。一瞬、何のことかと思ったが、つい先ほど私が思い出していたことではないか。私を幸せにする自信があると言う、あの言葉だ。

「ね、これからも時々そういうの言って欲しいな」
「調子乗るんじゃねぇよ」
「だって、それだけで幸せなんだもの」
「バーカ」

 お決まりの言葉で会話を切ると、大輝くんは身体を向かい合わせると素早く私にキスをする。一瞬だけ触れてすぐ離れ、けれど吐息さえ聞こえそうな至近距離のまま、大輝くんは囁いた。

「言葉だけが愛情表現じゃないだろ」
「あ…」

 ぎゅっと私を抱き締めて、髪に額にと、あちこちへ唇を落として行く。甘い言葉が少なければ、甘い雰囲気を味わったことも少なく、すなわちそれは、こういった雰囲気に慣れていないということ。突然のキスの雨に身を竦ませながら、大輝くんの服の胸元を掴んで肩口に額を寄せる。耳や首筋に彼の唇が触れる度に肩を跳ねさせる私に、大輝くんは小馬鹿にするように私の耳元で笑った。それすら恥ずかしくて顔を上げられずにいると、そっと私の肩を掴んで引き剥がし、私と目線を合わせる。そして、今度はゆっくりと彼の顔が近付き、唇が重なる。その温かさを感じて、この人ともっと幸せになりたい、と思った。

「大輝くん」
「なんだ」
「好き」
「俺も」




溢れるのように


(2013/12/13 企画「Je t'aime」へ)