眠り姫のふりをして


 癖毛で髪の量の多い私は、少し伸びるとすぐにとんでもないボリュームの頭になる。けれど、幼い頃からずっと長い髪に憧れていた私は、せっかく肩甲骨まで伸ばした髪を切る気にはなれなかった。しかし、ドライヤーで乾かす度にまるで爆発したかのように三割増しのボリュームになる頭を放っておく訳には行かない。そう言う訳で、私は美容院に行って髪を梳いてもらって来た。加えて、美容院の良いトリートメントをしてもらったお陰で、私の髪は今、つやつやのさらさらである。

「というわけで、どう?」
「前髪か?」
「…………」

 美容院へ行った足でそのまま、どうせ家にいるだろう大輝くんの元へ向かった。しかし、彼にリアクションを期待した私が悪かった。そっけない返事をし、ベッドに凭れながら読んでいた雑誌から顔を上げると、一瞬でまた視線は私から雑誌へ。何かもっと他に言うことはないのか、もっとちゃんと見てはくれないのかと不満はあれこれ浮かんで来れど、この人物から褒め言葉がほいほい出て来る方が気持ちが悪い。
 もういいか、と大輝くんの隣に腰を下ろす。じりじりと近寄ってぴったりと肩をくっつけるけど、大輝くんはちらりとこっちを見ただけで何も言わない。どうやら嫌ではないらしい。美容院で疲れて眠くなった私は、自然とあくびが出る。特に何もすることがないため、余計眠気が襲って来て、何度も瞼が落ちそうになる。とうとう、かくんと頭が下がると、「おい」と大輝くんが声をかけて来た。

「んー…なに」
、眠いんだったら凭れろ」
「へ?はい?」
「首痛めんぞ」

 そう言うと、ぐいっと私の頭を引き寄せて肩に乗せる。…凭れろとは、そういうことらしい。少し恥ずかしいながらも身体を委ねれば、普段からは想像できないほどの優しさで頭を撫でられる。その心地良さで私はすぐに眠気に襲われてしまった。
 大輝くんはあらゆることに鈍感だ。前髪を切っても、髪の色を変えても気付いてくれることはない。いつもと違うピアスをつけているだとか、グロスの色を変えただとか、そんな細かいことに気付けと言っている訳じゃない(むしろ大輝くんがそんなことに気付いたら気持ち悪いくらいだ)。「それって寂しくない?」と言われることもあるけれど、こうやって大輝くんの優しさに触れるとどうでも良くなる。私たちはこれで良いんだなって、そう思える。

「大輝くんー」
「なんだよ」
「好きー…」
「あのなあ…」

 眠りに片足を突っ込んだまま呟けば、大輝くんが呆れたように溜め息をつく。そして私がすっかり眠ったと思い込んだのだろう、、私の前髪の上に口づけた。

「あんま可愛いこと言うな」

 あまりに恥ずかしいその言葉に飛び起きそうになったけれど、そんなことをすれば大輝くんに「今すぐ離れろ!」と怒鳴られかねない。幸せで幸せで仕方ないこのひとときをみすみす手放す訳には行かない。起きていることを悟られないように、寝た振りを続ける。まさか私が起きているだなんて思いもしない大輝くんは、ひたすら私の頭を撫で続けていた。
 そんな甘ったるい空気に耐えきれなくなった私が噴き出して、大輝くんに頭を叩かれるのはその一分後だ。




(2013/09/18)