最初は気のせいかと思った。持ってるものが被るなんて、時々あることだからだ。シャーペンくらい、誰だって似たようなものを持っている。リップクリームだってそう。偶然、好みの香りや色が同じだっただけかも知れない。それに、わざわざ私が使っているものをまじまじとなんて見ないだろう。…けれど、いつからだったか違和感を覚えた。お弁当箱、ハンカチ、ハンドクリーム、聴いてる音楽、携帯、髪の色や長さ、こっそり塗ってたペディキュアの色まで彼女は私を真似て来た。ここまで来ると覚えるものは恐怖しかなくて、私はもう、彼女相手にぎこちなくしか笑えなくなっていた。
 そんな時、彼女からとうとう出た言葉がこれだった。

「青峰くんってかっこいいよね」





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「…ということが、起こってるんだけどね」
「何か、心当たりは?」
「全く」

 部活が終わり、ようやくさつきに相談してみるも、思い返せば思い返すほど気味が悪い。友人の中には、自分に成り変わろうとやることなすこと全て真似されて、挙句彼氏までとられた子がいたが、まさか私が同じような目に遭うとは思っても見なかった。目的が見えない。私を真似して得することなんて何かあっただろうか。幸い、バスケ部のマネージャーという点には手を出して来ていないため、学校の中では放課後の部活が唯一安心できる時間だ。しかも、昔からの友人のさつきもいる。

「大輝くんを狙ってるのかなあ…でもそれだったらマイちゃんの真似する方が早くない?」
「うーん…」

 苦笑いするしかないらしい。
 しかしのんびりしているように見えて私は焦っていた。持っているものだとか、髪だとか、そこまでならまだ気味が悪いで済む。いくらでも自分で変えることができるのだから。けれど大輝くんの名前が彼女の口から出た時は、流石に変な汗が背中を伝った。そこで初めて、「とられる」という危機感を覚えたのだ。ハンドクリームやリップクリーム、シャンプーやリンスまで彼女は簡単に真似してくれたが、それは私が大輝くんに振り向いて欲しくて必死に自分を磨いている過程で手に入れたものだ。そう思うと、なんだか段々悔しくなって来た。知らぬ間に唇を噛んでいると、「なんて顔してんだよ」と言いながら後ろから少々強く小突かれる。

「い、痛いよ…」
「痛くしたからな」
「酷い!」

 非難すると、今度はせっかくきっちり一つにまとめた頭を力いっぱいぐしゃぐしゃにされる。大輝くんなりに撫でたつもりなのだろうが、完全な嫌がらせだ。その証拠に愉快そうに笑って見せた。仕返しをしようにも、私ではまるで手が届かない。睨んでみても睨み返されて怖いだけだった。まだ何か手が飛んできそうなため、私はすぐにさつきちゃんの後ろに隠れた。
 こんなことをしていても、私と大輝くんは付き合っている。最初は見向きもされないどころか名前も覚えてもらえなかったけれど、消極的で人見知りな私がさつきちゃんの手も借りながらようやく知り合いというレベルになり、アドレスを交換し、親しくなり、そして今だ。

「あ、ねえねえ大ちゃん」
「んだよ」
「もしによく似た子がいたら?」
「は?」
「さつき!」

 いやいや何聞いてんの、だって気にしていたんでしょ―――こそこそと会話していると、怪訝そうにこっちをじっと見つめる大輝くん。私はさつきに焦っているとまで行っていないのに、流石は見抜かれていたらしい。それは情報分析能力から来たものか、はたまた女の勘と言うやつか。
 さつきが掻い摘んで事情を説明してくれたが、大輝くんは訳が分からないとでもいうような顔をした。

「女ってわかんねぇ」
「私も分からないよ…」
「いや、そいつもだけどお前もバカじゃね?」
「だ、大輝くんに言われたくない…!」
「バーカ」
「いだっ!」

 容赦ないデコピンをされ、流石に涙目になる私。私の前髪を掻き分け、さつきちゃんが覗き込むと「あー…」と力の抜けた声を出す。恐らく、赤くなっているだろう。大輝くんは馬鹿力だから、私の額にクレーターができてしまったかも知れない。
 大輝くんは誰にも何も盗られたことがないから分からないのだ。一つ彼女に真似をされる度、私のものを盗られて行くような感覚。恐怖もあったけれどショックだった。私のお気に入りを一つ一つ別の人のものにされて行くようで、嫌だった。次は何を盗られなければならないの、という諦めにも似た焦り。その内、物だけじゃなくてさつきちゃんや大輝くんまで、と考えなかった訳じゃない。絶対的な自信なんて、私にはないのだ。

「何も心配することなんてねーよ」
「するよ!」
「それがバカだって言ってんだろ」

 面倒くさい、とでも言いたげな態度の大輝くん。そろそろ悲しくなって来た私は、尾を引いているデコピンの痛みと併せて涙がこみ上げて来る。さつきがどうしたら良いか分からずおろおろしているものの、私も何も言うことができず、もうすぐそこまで溢れそうになっている涙を耐える。けれど、そんな私の目元を大輝くんが乱暴な手つきで拭う。これにはびっくりして涙も止まった。目をぱちくりさせながら大輝くんを見上げる。

「所詮そいつは真似っ子だろ。しかいねぇ」

 さっきまでどうでも良さそうにしてたのに、急に真面目な顔をする。そして、まだじんじんと痛む額をそっと撫でた。ああそうだ、こんな顔をする大輝くんを私は好きになったのだ、手放したくないと思ったのだ。大輝くんだから好きになった。逆に、私だから好きになってくれたと言うのなら。

「大輝くん、すき」
「おー」

 適当ながら、満更でもなさそうだ。そしてさつきを振り返り、「さつきちゃんは大好き!」と抱きつけば、「私もちゃん大好きー!」と抱きつき返してくれた。
 いくら物を盗られようと、人の気持ちまではきっと動かせない。二人が見てくれているのが私なら、いくら私の真似をした所で私の代わりにはなれないのだ。きっと、次にまた何か言われた時は私もきっと言い返せる自信が出て来た。「二人だけはあげないよ」と。








(2013/02/20)