―――君たちは我儘だね


 誰かが私に語りかける。靄の向こうから、男とも女とも判断のつかない声だった。


 ―――その世界は君たちが望んだように作られたのだよ


 耳と言うよりも、脳に直接響く声だ。その証拠に、耳を押さえても声は止まない。はは、とさも愉快そうに声の主は笑った。

 辺りは白い。真っ白だ。私もまた真っ白で汚れなど一つもないワンピースを着ている。私以外には誰もいない空間。白とは本来明るい色のはずなのに、広いのか狭いのかも分からない白の空間には恐ろしささえ感じる。


 ―――私と彼が望んだように?
 ―――そう、君たち二人が選んだ世界だ。もう一度二人で生きたいと、そう願った。
 ―――もう一度?


 すると、足元がじわじわと黒に蝕まれて行く。私の手もまた黒く染まり―――いや、これは黒じゃない、赤だ。

 ガラガラと足元が崩れて行く。上下左右の間隔がない。けれど落下しているということだけは分かった。落ちて行く、そんな中でもなお声は響いた。


 ―――代償は…
 ―――私の、大切なもの
 ―――その通り


 落下する世界の中に、幾つもの滴を見る。これはそう、私の記憶の全てだ。私の名前、私の過ごした日々、彼との思い出、彼への気持ち、全てが雨のように降り注いで来る。やがてそれはまた涙となって私の両目から溢れ出した。

 愛しい、あの人が愛しい。そう、だから願ったんだ。何を捨てても良い、何を犠牲にしても良い、もう一度私は彼と生きたいと。穏やかな世界で、彼も私も血に染まることのない世界で生きたいのだと。だって、早すぎるでしょう?


「…風邪を、引くよ」


 涙でぐしゃぐしゃの顔で振り返ってみれば、彼はふわりとマフラーを私に巻く。白銀の世界には私と彼の二人きり。


「ごめ、なさ……忘れてて、ごめん…なさい……っ」
「…もう、戻ろうか」


 彼の私を抱き締める腕は、出会った時から何一つ変わっていない。こんなにも、こんなにもあの日のままで彼は待っていてくれたのだ。私が彼に再び出会えるまで。この広い庭も、後者も、廊下も、彼の部屋も、何一つ変わらないまま、彼自身も変わらないまま、私が戻って来るのを待っていてくれた。

 だからもういいんだ。何をしたって終わってしまえばやり直すことなんてできないんだね。


「もう戻ろう、二人で」
「うん」


 もう一度彼の手を取る。今度はもう、間違わないように。







 

(2011/09/30)