昼間の陽気から眠気に誘われ、私は転寝をしていた。いつものように本を読んでいたのだが、昨夜一睡もしていないことから内容などまるで頭に入って来ない。ああ、眠ってしまいたい。でもこのままでは風邪をひいてしまう、けれどもうベッドに移動するのも億劫なほど身体が重く、瞼は今にも閉じそうだ。…どうにでもなれ。そう思った私は眠気に身を委ね、素直に目を閉じることにした。

 そうして見ていたのは夢。あの、頭痛が起こった時のように誰かが私を呼んでいるのだ。逆光で顔は見えない。けれど確かに私を呼んでいる。消えないでくれ、と言う。行かないでくれ、という。ここにいてくれ、という。それら一つ一つが胸に突き刺さる。ああそうだ、知っている。この声の主を私は知っている。私もそこへ向かって手を伸ばす、いや、伸ばそうとした。


「…った、」


 そこで目は覚め、代わりに私は腰を強打した―――ソファから転げ落ちてしまったのだ。こんな狭いソファで私よりも身体の大きな彼は一体どうやって眠っていると言うのだろう。よく毎晩落ちずに済んだものだ。それとも私の寝相が悪いだけなのか。

 しかしもっと悪いことに、起き上がる前に部屋の主が帰って来たのだった。


「…何を、しているのかな」
「転寝してたら落ちたのよ」
「君は本当に…」


 説教の一つ、文句の一つでも来るかと思ったのに、彼は困ったように笑うと私の身体を抱き起こす。そして服についた埃まで丁寧に払ってくれたのだった。その間にじっと彼を見つめていれば、何か気まずさを感じたらしい彼は「私の顔に何か付いているかな」と言う。…この人の声を、手を、私は知っているのではないだろうか。夢の中で私に手を差し伸べてくれた人物は、彼ではないだろうか。

 すっと手を伸ばし、彼の頬に触れる。今日も随分冷え込んでいるようで、部屋に戻って来たばかりの彼の頬は冷たかった。


「あなたは私を知っているのね」


 疑問ではない、これは確信だ。







 

(2011/09/30)