時折、酷く頭が痛む。ほんの数分ではあるが、どうすればいいか分からないほどの激痛に、私はただ蹲って耐えるだけ。それは決まってこの部屋の主の不在の時に起こるため、私は一人不安と恐怖に駆られながら数分を耐えるのだ。頭痛に伴い、耳の奥では誰かが叫ぶ。何を叫んでいるのかはっきりとは聞き取れないが、必死になって何かを叫んでいるのだ。恐らくそれは私の記憶の彼方からの声。私が記憶を取り戻すヒントとなり得る声だ。


「い、た……っ」


 頭を締めつけるような鋭い痛みにとうとう涙が出そうになる。何の利益もなりやしないというのに、何のためにこんな苦しい思いをしなければならないのだろう。頭痛が収まった所で記憶の欠片が舞い戻ってくる訳でもないと言うのに。

 その時、がちゃりという金属音が響き、続いてギィ…と扉の開く重い音が響いた。ああ、帰って来てくれた。…彼は床で蹲っている私を見るなり、持っていた本やら何やらを投げ出し、慌てて私に近付く。抱き起こされれば、不思議なことに頭痛はまるで夢であったかのように引いて行った。彼の触れた所から痛みが引いて行くのだ。


「何があったんだい」
「分からない…最近よくあるの、急に頭が痛くなって…」
「どうして私に何も言わなかった」
「心配するでしょう」
「当たり前だ」


 得体の知れない人間だというのに、彼はどうしてこんなにも優しいのだろう。冷や汗で張り付いた髪を避けると、私をぎゅっと抱き締める。思いもよらぬ彼の行動、けれどそれはあまりにも自然で私の頭には抵抗なんて思い浮かばなかった。まるでこうあることが当然のような感覚に、また私はそっと目を閉じる。私も彼の背に少し震えている手を回す。

 温かい。彼の身体も、心も、声も、全てが温かいのだ。それは決して私に痛みを与えるものではないというのに、なぜかさっきよりも多くの涙が溢れた。この感情を何と呼べばいい。あまりにも不確かな存在である私がやり場のない気持ちを抱く、これに名前をつけるとすれば、一体どんな名前なら許されるのだろう。







 

(2011/09/30)