面倒なことが嫌いだった私が、五本の指に入るほどの面倒臭さを持つ恋愛というものをしている。しかも相手は年下で、いや年齢はともかくとして、相手はあのレギュラス・ブラックなのだ。レギュラスの彼女になったのはまだほんの一週間前だろうか。私をよく知る人間からすれば、凄い勢いで彼に惹かれているという事実は、ともすれば空から箒だとかゴブリンだとかが降って来てもおかしくないほどだ。 「それじゃあ先輩、放課後図書館で会いましょう」 「え、ええ」 「…そんな寂しそうな顔しないで下さい」 「してないわよ!」 めいいっぱい否定しても逆効果。レギュラスは「そうですか?」と意地悪く口を歪めると、するりと私の髪に指を滑らせる。髪に触れられることも、頬に触れられるのと同じくらい恥ずかしい。たったの一週間では彼のこういった行為には慣れられずにいるのだ。かあ、と顔が熱くなるのを感じながら俯くと、髪を梳いたり掬ったりと弄んでいた指が耳を掠め、そっと頬に触れる。ぎゅっと自分のカーディガンの裾を握れば、なぜかレギュラスは小さく溜め息をついた。 「どうしたの…?」 「……先輩は…」 「私?」 珍しく言葉を詰まらせるレギュラス。私は小首を傾げて彼の言葉を待つ。けれどますます彼は表情を歪め、かと思えば何の前触れもなく私を勢いよく抱き締めた。訳が分からず宙を掻く両手。彼の黒髪が私の頬を撫ぜたのを感じた時、ようやく肌で彼を感じて羞恥の気持ちが再燃する。 「ちょ…っと、人が見て…!」 「先輩が悪いんですよ」 「な、何もしてないじゃない」 「これだから…」 一際大きな溜め息をついてレギュラスは呆れた。しかし何のことか見当もつかず私はただただ焦るばかり。何のこともない会話をしていただけだというのに、その一体どこに彼を呆れさせる要素があったというのだろう。しかし実際はそのようなことを考えている余裕などない。レギュラスの腕の中にいるのだというだけで、私の心臓は爆発しそうなほど強く拍動している。これだけしっかりと抱き締められていれば、それも伝わってしまっているのではないだろうか。恥ずかしいような、嬉しいような、色々な気持ちが交錯する。ほんの少し前までは、可愛いとは言えないがただの後輩だった。何の取り柄もなければ有名でも何でもない私に好奇心からか付き纏って来る――それくらいにしか思っていなかった。 それなのに今はこんなにも意識してしまうなんて、人の気持ちとは分からないものだ。まだまだレギュラスのことも分からないことだらけで、付き合うと言っても何をするべきなのか、どう在るべきかということも分からない。周りからもいつも「あんた達大丈夫なの?」と心配されるほどだ。けれど誰だって初めてなんてそのようなものに違いない。けれど、ゼロだからこそ知っていく楽しみや嬉しさがあるのではないだろうか。例えば、普段あまり人を寄せ付けない雰囲気のレギュラスが、意外と人に――いや、私に触れたがる所などがそうだ。彼女というものにならなければ知らなかった一面である。 「…ねぇ」 「なんですか」 「私、貴方のことが好きだわ」 ゆっくりと体を押し返して、私よりも背の高い彼を見上げ、微笑む。もちろん恥ずかしいし照れるけれど、レギュラスが私にくれる言葉の中で一番嬉しい言葉を言ってみる。するとまたもや珍しいことに、レギュラスが顔を赤くする。 「え、えっと、ごめんなさい…?」 「何でですか…」 「駄目だった?」 「ああ、もう」 何か歯痒そうに言い、再度私を引き寄せる。けれど先程よりは随分と弱い力で、抱き締めるというよりは寧ろ縋るかのように私の肩に額を乗せた。重みを感じる左肩が嬉しい。レギュラスに感づかれないように小さく笑い、いつの間にか頼りがいのある逞しさを持った背中に腕を回す。なぜだろう、抱き合うことがこんなにも幸せなのはなぜだろう。こんなにも愛しい人になっていたのはいつからだろう。どうしようもなく離れがたいのに、それすらが幸せだ。互いの呼吸すら聞こえそうな距離、それを周りの喧騒が私たちを現実へと引き戻す。ここは二人だけの部屋でも世界でもないのだ。けれど引き止めるかのようにレギュラスは私の左肩で尚も呟く。 「そういうこと、他の人にはしないで下さいね」 「そういうことって?」 「…全部ですよ、全部」 「分からないわよ」 「そんな先輩も好きですが僕は心配になります」 「ええ…?」 いまいち要領を得ない言葉を最後に、とうとう私たちは離れる。もう一度「では放課後に」と彼が言うと、私の頭と体は急速に冷えていく。仕方ないのだ、学年が違えば日中はすれ違うばかり。レギュラスはどんな顔をして授業を受けているのかも、私は決して知ることはないのだ。けれど、無条件に彼と約束を交わせるのは私の特権だ。もどかしさも、歯痒さも、優越感も、愛しさも、全てが混ざって私を取り囲む。 「これが…」 恋なのか、それとも愛なのか。分からないけど悪くない。彼となら面倒なことも楽しさに変わる。先程の左肩の重みや抱きしめた背中の感覚を思い出すと、冷えた体からぶり返す熱。この熱になら浮されても構わないと思った。 (2011/11/22) |