囚われの心


 私は先生を困らせるのが得意だ。いつもいつも、授業が終わってからも教室に残り、毎回授業とは関係のない質問をする。先生を困らせることに、私は生徒として優越を感じているのだ。

「ねぇルーピン先生、恋は愛にはならないの?」
「考えは人それぞれだけど、恋から始まる愛があれば、愛から始まる恋もあるんじゃないかな」
「じゃあ、恋することも愛することも許されない相手に恋したり愛しちゃったりしたら?」
「私なら諦めるだろう」
「その子はとっても諦めるのが下手なのよ 」
「それは困ったね」

 核心に迫っても尚、落ち着いた様子で答え続けるルーピン先生。彼は唯一、私に困らされたことのない人物だった。口では困ったなどと言いながら、少しも困惑した様子を見せない。だからここの所、私はストレートに質問をぶつけてばかりいる。その意図をルーピン先生なら気付いているのだろう。

「君ならどうする?」
「私ですか?」
「そう、君だ」

 とうとう逆に質問されてしまった。何の回答も用意していなかった私は、ルーピン先生からの不意打ちに内心酷く動揺した。私の言葉を待つ先生は、ぱたんと教科書を閉じて私を真っ直ぐに射抜く。机を一つ挟んだだけのこの距離のせいで、彼の視線一つに心臓はたった一度大きく跳ねる。試験の開始直前のような緊張が私を襲った。

「私、は…」
「うん」
「私だったら…」
「…うん」
「諦めません、きっと」

 挑むかのように彼の目を見つめ返して宣告する。汗の滲む手をぎゅっと握り、続くルーピン先生の言葉を待つ。いつものように、「そうかい」と軽く流して笑うだろうか。ただ教室を出るように追い払うだろうか。結局まともに受け止めてはもらえないのだろうか、私がこんなことを聞く理由を。私が生徒だからという、その理由一つで。

 けれど、私のネガティブな予測に反して、先生は口の端を持ち上げてあやしげに笑う。見たことのないその表情に、私の背筋を電流のようなものが一瞬で駆け登る。

「その言葉、覚えておくと良いよ」

 彼の目に捕われたと思った。私がルーピン先生を困らせるなんて百万年早いのだと、ただただ思い知ったのであった。










(2012/05/06)