夢を見た。夢にはルーピン先生が出て来た。それだけならまだ良い。困ったことに夢の中で私は苦手な防衛術の補習を受けており、補習の実践で上手く行ったのち、ルーピン先生にべた褒めされた挙げ句頭を撫でられ抱きしめられるという、教師と生徒にあるまじき行為をしていたのだ(こう見えて私は頭がかたく、“そういうこと”にはうるさい)。

 しかし、夢というのは人間の深層心理を表すともいう。だとすれば、頭がかたいはずの私は、まさかルーピン先生とそういう関係になることを望んでいるということなのだろうか。いやいや有り得ない、私と先生は親子ほどの年の差がある。いくら大人に憧れる年頃とはいえ、私はともかくルーピン先生からすれば全くの射程範囲外……いやいやいやいや何を考えているのだ私は!私はともかく、だなんて、まるで先生さえ良ければ私…なんて思っているみたいではないか!


「悩み事でもあるのかい?」


 柔らかい笑みを浮かべ、件のルーピン先生は私の前にティーカップを置いた。レモンティーの香りが鼻腔を擽る。ゆるりと立ち上る湯気のようにゆったりと時間の流れる防衛術の教室で、私だけが焦っていた。「いえ何でもありませんルーピン先生にはご迷惑おかけしません」と早口に言い、とにもかくにもこの教室からの解放を切に願う。

 そもそもなぜ放課後の教室でルーピン先生と二人で向き合うことになったかと言えば、私があの夢のせいで注意力散漫となり、授業中ぼうっとしているからだ。自覚はあるのに治らないのだから困ったものである。更に困ったことには、実はルーピン先生が私の夢に出て来たのはたったの一度きりではないのだ。何度も出て来てはまるで恋人同士のようなことまでしており、朝目覚めた私はとてつもない罪悪感と自己嫌悪に襲われるのである。


「他の授業ではいつも通りだと聞くし、私は何か気に障ることをしただろうか」
「先生は何も悪くありません。いつも素敵な授業です」


 いやいやいやいやいや、おかしいだろう私。素敵な授業とは一体何だ。やはりあの夢のせいでろくな睡眠がとれていないらしい。正常な思考を巡らすことができない程とは、相当重症らしい。ルーピン先生が悪い訳ではない、私の夢の中の先生が悪いのだ。先生の姿と声を借りた偽物、私の夢の中にだけ住まう幻。あの幻のせいで現実の先生にまで迷惑がかかっているではないか。

 極力ルーピン先生を視界に入れないよう努めながら、レモンティーに手を伸ばす。実際に先生にあんなことやこんなことをされた訳ではないが、何せ姿形と声が同じな分、タチが悪い。かなり気まずい。このたった一杯のレモンティーを飲み干して、さっさと寮に戻りたい。判断力の欠如からうっかり口を滑らせてしまう前に。


「これは私の問題です。もう二、三日もすれば解決します」
「そう」
「するはず……いやしてくれないと困るのですが」
「解決のために協力できることはないだろうか」


 大人のなんたるか、人のなんたるかを知り尽くした訳ではないが、一つだけ言える。“できた人間”とはルーピン先生のような人のことを言うのだろう。困ったように笑って、尚も「生徒の力になりたいんだ」などという先生を見ていると、逆に頼らねば悪い気さえして来る。弱った私は適温となったレモンティーを飲み干して、これが最後だと言葉を慎重に選んだ。


「都合の悪い夢を都合の良い夢にコントロールする方法はないですか」
「……すまない、私はその道の専門家ではない」
「いえ、良いのです。きっと私の気の持ちようですから」
「ちなみにどんな夢なのかな。それを言うことですっきりしてもう悪夢を見なくて済むかも知れない」


 悪夢、その言葉に私は引っ掛かった。悪夢ではないのだ。ただ非常にいたたまれない気分にはなる。こうして夢の登場人物であるルーピン先生に心配されることすら申し訳ないというのに、これ以上何をどう頼れば良いと言うのか。いやそれ以前に先生本人が夢に出て来た上に私と恋人だっただなんて口が裂けても言えまい。そんなのただの変態ではないか。ルーピン先生が大きな勘違いをしてしまいかねない。

 もう一度言うが、夢というのは人の心の奥深い欲求を映し出すことがある。それは世間にも広く知られていることだ。ルーピン先生もそう解釈したとなれば、ルーピン先生の中で、私はがルーピン先生を恋愛対象として見ており恋愛感情があり意識している生徒なのだと認識される可能性が非常に高いのだ。それは今後の私の残り少ない学生生活に悪い影響を及ぼす。それだけは何としてでも避けなければならない。教師と生徒として良好な関係を築き、平和な生活を過ごさねばならないのだ。


「ルーピン先生」
「何かな」
「私はルーピン先生と、良き教師と生徒でありたいと思っています」
「それは私もだよ」
「良かった…。それならば先生、今すぐ私をこの教室からつまみ出すべきです」
「……いや、どうしてそうなるのかな」
「そんなの決まっているでしょう、私がルーピン先生をいし、……………」


 げほごほげっほん!!わざとらしく咳をする。私は何を言いかけた?今、私は何を言おうとした?何かとんでもないことを言いかけた気がする。まさか私が間違いを、失言をおかすはずがないのだ。勘違いだ勘違い。少し気持ちが早まって間違った言葉を口にしかけただけ。未遂で終われば何でもない。あとは川の如く綺麗に流してしまえばいい。生憎ルーピン先生も私が何を言いかけたか聞き取れていなかった様子。私は仕切直しにと、もう一度だけ不自然にだが咳ばらいをした。


「ルーピン先生」
「なんだい」
「せめて私の卒業までは何も聞かずに良き先生でいて下さい」
「それは……」
「先生のお気遣い感謝します。が、その優しさは他の、他の…他…他……」
「…………」
「動植物にでも向けてやって下さい!それでは失礼します!」


 何か違う気もするが仕方がない。それ以外の言葉が出てこなかったのだ。なぜか、“他の生徒に”や“他の誰かに”という言葉を繋げることができなかった。案の定、教室を出る時に見たルーピン先生の目は点になっていた。ああ大失敗だ大間違いだと思いつつ、言ってしまったことをなしにすることも、先生の記憶から私の発言だけ消すこともできない。

 これは当分、夢の中の先生に苦しめられそうだ。確信はないがそんな気がした。






良好な関係

(どうも彼女に好きだと言われた気がしてならないんだけどなあ…)






(2012/02/04)