分かっている―――それが彼女の口癖だったように思う。仕方なさそうに、自嘲するように笑いながら、彼女はいつもそう言うのだ。落ち着いているように見えて、実は心の中は激しく波打っているのだと気付いたのはつい最近のことだった。

 そんな彼女がここの所、ぱたりと「分かっているの」と言わなくなった。あの見ているだけでこちらまで心の痛む笑みは見せず、穏やかに微笑むのだ。近しい人間なら、そのような些細な変化に気付くのは容易なことだった。一体何があったのかと彼女を数日遠巻きから見ていれば、どうやら特別彼女を支えてくれる人間が現れたらしい。


「意外ですか、スネイプ先輩」
「…いや、考えれば自然なことか」


 彼女の手を取ることを許されたのは、僕の後輩でもあるレギュラスだった。気にはなるが、事情を根掘り葉掘り聞くのは好きではない。だから当たり障りのないこと、直接的でないことしか聞くことはしない。いつからなのか、彼女は落ち着いているのかなど、数える程も出て来ないが。レギュラスもレギュラスで多くは語りたがらないだろう。けれど、仮にも彼女は家に決められたシリウス・ブラックの婚約者だ。その点はどうしたというのか。

 すると、僕の疑問を見透かしたかのようにレギュラスはぽつりと言った。


「彼女が言うには、婚約と恋は別物なんだそうですよ」
「…………」
「どっちがどっちか、分かりませんけどね」
「何のことだ」
「何でもありません」


 言われたその瞬間は何のことかさっぱり理解できなかった。だが、何でもないことのように言ったレギュラスの言葉の意味を、またもう少ししてから僕は知った。何でも、彼女が思いを寄せるあの男、つまりレギュラスの兄は家を出たらしく、押し出し方式にレギュラスが彼女の婚約者になったのだ。そこでレギュラスの言っていたことの意味全てが繋がる。なぜ、少し前までの彼女と同じような顔で笑ったのかも。

 やり切れない。世界は本当にやり切れないことばかりだ。自分に好意を寄せてくれる人間を好きになれたらいいのに。自分に好意を寄せてくれる人間を一番に大切にできたらいいのに。そうすればもう、彼女もレギュラスもこれ以上傷付かなくて済むのに。


「…本当は分かってるんですよ、どっちがどっちかなんて」
「やめろ、お前まで」


 口癖は伝染するというのか。彼女から「分かっている」が消えた代わりに、レギュラスがしきりに口にするようになった。それは自己を犠牲にしているようにも見えるのに、どう見ても苦しそうだというのに、それでも頭の良い後輩は言った。望んでやったことなのだと。








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(2012/02/19)