スリザリンの奴は嫌いだ。けれど一人だけ興味のある生徒がいた。シリウスの婚約者だという女子生徒だ。何をする訳でもなく、ただ彼女の存在を無視し続けるシリウスを見ていると、段々とその存在が気になってきた。深い意味などない、ただの好奇心だが。

 だからある日、彼女を追って図書館を訪れ、彼女に近付いてみた。マグル学関連の本ばかりが並ぶ一角に、彼女はいたのだ。声をかけた時のあの表情を、僕は忘れることがないだろう。まるで飴玉のように大きく目を見開き、僕を見上げる彼女。目玉が落っこちるのではないかと思ったほどだ。


「シリウスと上手く行ってないみたいだね」
「最初から分かってたのよ」


 わざと不躾な言葉を浴びせた僕に、けれど彼女は怒ることも泣くこともしない。仕方ない、諦めるしかない、そんな風に全てを受け入れた顔をして、まるで気にしていないかのように振る舞う。同じような人物を僕は他にも知っている。現状を甘んじて受け入れる、それは僕にとっては俄かに信じがたい選択である。

 溜め息を一つついて、彼女は手の中にある本の背表紙を指でなぞった。そして本棚に再びそれを戻す。どうやらその本はお気に召さないらしい。


「君、意外と冷静だね」
「冷静?私が?」
「もっとシリウスに突っ掛かるかと思ったよ。婚約者が裏切っているというのにさ」


 けれど、何気なく言ったその言葉に僕は強く後悔する。


「これ以上、彼に嫌われる要素を自ら増やしてどうすると言うの」


 僕を責めるでもなく、自分を嘲る訳でもなく、ただ用意された答えを述べるかのように言ってのける彼女。口から滑り落ちた「ごめん」という言葉にも「慣れているわ」で対応する。彼女の声は真冬の朝の静けさに似ている。抑揚の少ない平坦な声は、けれど様々な感情が凝縮されている。

 寂しいのだと思った。彼女を無視し続けるシリウスに腹を立てることも、泣いて不満をぶつけることもしない彼女は、寂しくてどうすればいいのか分からないのではないかと。ついに僕が言葉を失ってしまうと、タイミング良く現れた後輩と共に彼女は去って行った。足音すら静かな彼女に、いつしか透明になってしまうような、そんな危うさを感じた。








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(2012/02/09)