あんな現場を何度も目にして、怒らない彼女が不思議だった。一発二発どころか十発殴ってもまだ足りないと思うくらい、あいつの彼女への仕打ちは酷いものだと思った。それは、あいつが彼女に向き合わないということだけでなく、なぜか彼女の方が陰口を叩かれたり、中傷を浴びせられたりしていることもあるからだ。

 それでも彼女は小さく首を振り、ただ静かな笑みを浮かべた。


「分かっているの」
「何がだ。あいつのせいでお前が、」
「彼のせいじゃないから」


 彼女は優し過ぎる。それはもう馬鹿なほどに優し過ぎるのだ。だから彼女ばかりが傷付き、彼女ばかりが心ない言葉に押し潰される。不条理だ理不尽だと何度言ったところで、彼女の返事はいつも同じ。仕方ない、だ。

 全てを甘受する心は、その器がいっぱいになってしまったその時、一体どうなってしまうのだろう。溢れ返るのか、壊れるのか―――彼女がなりふり構わず感情を撒き散らかす様など、どうも想像できないが。


「セブルスも知っているでしょう、どうにもならない事があるという事を」
「………そうだったな」
「そういう事なのよ。私では駄目だった、ただそれだけ」
「それでも、強がり過ぎは毒だ」


 儘ならない現実を抱えながら、僕も彼女も生きなければならない。選ばれなかった僕たちは、自分なりに自分を納得させなければならない。誰かのものを無理矢理奪い取れるほどの勇気も力も、僕たちは持っていないのだから。それでも密かに思い続けることほど、苦しく眩暈のするものはないと、僕たちは知っているのだ。








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(2012/02/06)