自分で言うのもあれかも知れないが、僕は勘が良い。だから、当事者でないにしろ全ての事情を察することは余りにも簡単だった。

 家を嫌うシリウスが、親の決めた婚約者を認めるはずがなく、正式に決定が下されてもなお、その婚約者とは距離を縮めようとはしていなかった。寧ろ婚約者となった相手を避けているようにも見える。けれど、たった一度きりシリウスに挨拶に現れた彼女を見て悟った。彼女はシリウスに本気であり、シリウスもそれに気付いていると。しかしシリウスが他の女子生徒との交際を止めることはなかった。


「これを渡してもらえないかしら」
「僕からでいいのかい?大事な手紙のようだけど」
「ええ。私の家からのものだけど、あなたは彼と友人のようだし…」


 私は嫌われているみたいだから、とでも言いたげに語尾を濁す。彼女はそのような皮肉を言うような人間ではないが。

 僕と彼女の接点といえば、“監督生”ということただ一つだった。お互い業務連絡で話をする程度には面識はあるが、こうして私的な頼み事をされたのは初めてである。確かに僕はシリウスとも親しいし、警戒などされていない。けれど家からの手紙を他人に頼むだなんて、随分信頼されたものだ。…そんな訝しげな様子の僕を見て、彼女は苦笑を浮かべる。


「渡せるものなら渡しているわ」
「確かに。…分かった、シリウスには僕から渡しておくよ」
「ありがとう、ルーピン」


 ほっとした様子を見せ、彼女は僕の手に「ちょっとしたお礼」と言いながら小さなチョコレートを三つ四つ握らせる。そうして彼女は自身の寮に戻って行った。その背中は小さく、身体は華奢で、頼りない。ともすれば折れそうに細い足で、なんとか立っているようにも見える。シリウスのことが相当堪えているのだろう。

 どうしてそこまで彼女を突っぱねるのか、僕には理解できない。確かに彼女はスリザリン生だが、話せば理解ある人間だし、何よりシリウスを思う気持ちに偽りがない。彼女の優しさに触れれば分かるはずだ、たとえ親の決めた相手でも彼女はシリウスの本心を見てくれる人間だと。きっとシリウスは意地になっているだけなのだろう。


「リーマス、巡回終わったのか?今日は早かったんだな」
「出歩いてる生徒がいなかったからね。…はい」
「何だこれ?」
「君の婚約者のご両親からみたいだよ」


 それを聞いて途端、顔を歪める。こんな姿を彼女が見たら何と思うだろう。もう何度も他の女子生徒との現場を見た彼女からすれば、さほど驚くべきことではないのかも知れない。

 僕はローブのポケットに突っ込んだ小さなチョコレートを取り出し、その内の一つを手に取る。赤、金、緑、銀。カラフルな包みの中から緑を選んで包みを剥がして口に放り込んだ。甘いミルクチョコレートのはずなのに、苦い。まるで彼女の気持ちがチョコレートに伝染したかのようだ。

 始まりは、彼女がシリウスを好きになったのと、婚約者となったのと、どちらが先だったのだろうか。僕の始まりは、彼女がシリウスの元に挨拶に現れたあの日だった。けれど、どちらにしても最初から終わっていたのだ。それだけはどうしようもなく変えられない事実。どれだけ追い掛けようと、彼女もまた同じ速さでシリウスを追い続ける限り、終わりは来ないのだ。








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(2012/02/06)