未亡人に非ず



 人間にはあらゆる直感と言うものがあって、それは時に科学的根拠を遥かに上回る。私からすれば、魔法自体が科学的根拠を超えた存在であるため、最早夢と現実の間を行ったり来たりしているような気分だ。
 私の直感は、割と当たる。だから、この人と出会った時に思ったことを一度たりとも忘れたことはない。

「どうしたんだい、。変な顔をしているよ」
「ちょっと考え事よ」

 不思議な雰囲気を纏ったその人は、もちろんただの人間じゃなかった。この世界には魔法界と言うものがあって、彼はそこに住む魔法使いなのだと言う。彼らにとって私たちはただの人間、マグルというもので、魔法は絵本の中のものとしか捉えていない。それがまさか、本物に出会う日が来るとは思わなかった。
 彼―――リーマスは諸事情によりこちらの世界に身を隠している人物だ。私の職場にある日入職して来たのだが、こんな中途半端な時期にどんなコネを使ったのやら知れない。ひょんなことから彼が魔法を使っている所を目撃してしまい、彼から全てを説明されたのである。以来、良き同僚として関係を築き上げていたのだが、私に変な顔をしているという彼こそここの所おかしい。寝不足に拍車がかかったように、目の下の隈は大分濃い。

「それよりあなたの方が酷い顔だわ」
「最近眠れなくてね」
「毎晩子守唄でも歌ってあげましょうか」
「それじゃあ君が寝不足だ」

 なかなか寝付けないからね。…それはつまり、私の子守唄は全く意味がないとハナから決めつけているということか。
 彼は、他に対する穏やかな物腰とは裏腹に、気を許した相手には意外とずけずけ物を言う。この職場では私くらいだろうが、こんなにも毒舌だとは思わなかった。その作った笑みも、どこかすぐに消えてしまいそうで、私は彼に一種の危うさを感じている。いきなり現れた彼は、いきなり消えるのではないかと。どれだけ胡散臭かろうと、本当の部分は隠し切れていないことを、彼は気付いているのだろうか。

「…リーマスは…」

 気付いてるの―――そう言おうとして、言葉を見失う。直接聞いてみた所で、この男は何もかもを上手く誤魔化す。私なんかが聞いてみた所で答えてなどくれないのだ。ただの同僚の内は。
 リーマスは何かを隠している。大きな何か、私では到底理解できないような、受け止められないような何かを。だから、魔法のことを話してくれても、それまでだ。それ以上の何かを私に話してくれている訳じゃない。自身の正体を一つ明かすことで、完全な線引きをして見せた。それは、リーマスがこれから先、一人で生きて行くことを私にも自身にも言い聞かせていることに他ならない。これ以上踏み込むんじゃないよ、と優しく牽制をした。その時、初対面時の直感をもう一度頭の中で反芻した。

(この人は、きっと私よりも先に死ぬわ)

 命を脅かすような病気を背負っているだとか、そういうことではない。彼の抱えている問題によって、いつか彼は私の知らない所で息絶えるのだろう。占い師でも預言者でもない。他人の未来が見える訳でもない。けれど私には観察力と並はずれた直感がある。彼は、死を覚悟している顔をしている。そういう人間ほど命を落としやすいのだという。命のやり取りに関わる生活をしている訳ではないが、何かの本で昔読んだのだ。リーマスは、まさにそういう人間だった。それも、きっと思っているよりも早くに命を落とす。

「…なんだい?」
「ううん、リーマスってやっぱり変な人ね」

 一緒にいられる時間の長さなんて関係ない。一緒にいられる時間こそが大切なのだと、そう言ってやりたい。私たちはお互いに足を一歩出しかねたまま、もう半年を迎えようとしているのだ。きっとリーマスと私は同じ気持ちで、どちらかが勇気を出せば関係は大きく変わるのだ。
 けれどリーマスはそれを強く拒む。そこへ食いついて行けるほどの若さは、私にはもうない。彼が拒むのなら拒むがまま、求めるなら求めるまま、与えるなら与えられるまま、全てを享受するだけ。それ以上のことを、彼は何も望まない。まるで、この世に繋ぎとめるものを少しでも増やさないでおこうとしているみたいだった。
 それで一体何を得られると言うのだろう。最期に、どんな人生だったと思うのだろう。私には分からない。平穏な“マグル”の生活をして来た私には、彼の抱える闇など何一つ分からないのだ。それをこれからも一切私には打ち明けてくれないのだろう。そう思うと、私もリーマスも報われないものだと思う。

ほどじゃないよ」
「私は至って普通の人間だわ」
「僕だって僕の世界では普通の人間だ」
「…それもそうね」

 この人は確実に、私よりも先に死ぬ。それがどれだけ先の話なのかは分からない。明日なのかも知れない、もっと先、何年も先なのかも知れない。ただ一つ分かるのは、彼の最期の瞬間に私は傍にいることができないということだけなのだ。








(2013/07/11)