未完成のソナチネ





 恋というのは、繰り返すものだと思う。展開しながら何度も繰り返す、端から見ればそれは滑稽なのかも知れない。けれど一回りする度にもっと相手を好きになるその繰り返しは、私には滑稽に思えなかった。私もまた、同じ所を行ったり来たりしながら、恋を続けている。ただ一つ違うのは、この恋は不毛だということだ。私が彼を見つめる頃、彼はあの子を見つめている。私が彼を思う頃、彼はあの子を思っている。途切れることのない無限のループは、恋愛の循環などよりよほど滑稽なものだ。彼とは友人関係にある私は、もうやめておけば、とは言えない。なぜならそれを言ってしまえば、私もまた彼を諦めなければならないから。できるものならとうにしているのだ、私も彼も。

「儘ならないね」
「現実はそういうものだよ」
「諦めよくて気持ち悪い」
「君ちょっと黙ってなよ」

 笑いながら毒を吐かれる。こんな軽いやり取りをできるのも友人の特権。もし私が我慢できずに好きだなんて言ってしまったら、これまで築いて来た関係を壊してしまう。もうそれ以前には戻れなくなってしまう。やり直しは聞かないから、失敗の見えている挑戦はしたくないのだ。臆病だと言われても、良好な関係を保持したい私は、どうしても勝負に出られなかった。友人だからこそできることがある、できる会話がある、見られる表情がある。けれど、恋人にならなければ見られない表情の方が、本当はずっと魅力的だ。そんな彼を見たいと思うと同時に、万が一、億が一、彼の恋人になれたとして、それに終わりが来ることを私は恐れている。

「儘ならないわ…」
「やめなよ、口癖は一種の病気だよ」
「…もうとっくに病気なんて罹ってる」
「え?なんて?」

 本当に聞こえなかったらしい彼は、それまで彼女を追っていた目を私に向ける。彼女を見ていた目で、私を見る。でも視線に含まれる温度はまるで違った。彼女に掛ける声と、私に掛ける声も違う。分かりやすいのだ、彼は。だから私は諦めざるを得ない。

(諦めきれてないけれど…)

 進むことができないのに、戻ることもできない。これが恋だと気付いた瞬間から、この関係を大して展開させることもできなかった。寧ろ、近付けば近付くほど進展はしないのだということを思い知らされたのだ。

「儘ならなくても手離せないものってあるんだよ」
「そんなの私だって良く知ってるよ」
「…だろうね」

 出来損ないの恋をしている。終止符を打ちたいのに打ち損ねている。タイミングは私に味方してくれず、まだ引き摺るしかないらしい。全てを見透かしているかのような彼は、不貞腐れた私の髪をくしゃりと撫でる。そんなことをするから余計諦めがつかないのだ。儘ならないのに手離せない――彼の言葉がナイフのように心に刺さった。彼もあらゆることが儘ならない。私の気持ちを半分察しながら知らない振りをして、友人を失わないようにと必死になっている。だから、だからこうして目では彼女を追いながら、左手は私を掴む。彼の右手が彼女を掴めば、この手は離されてしまうのだろう。それまでは終止符を打つまでの猶予だと思って良いだろうか。どうせ報われない恋なら、それくらい。

(ああ、まるで…)

 これではまるでソナタになれなかったソナチネのようだ。一人嘲笑を浮かべ、泣きそうになる。けれど彼女を必死で見つめ、私とは手を繋ぐだけの彼は私の涙に気付いてなどくれることはなかった。










(2011/11/19)