隠れたリドルを見つけるのは簡単なことではない。あんなのでも頭は良いものだから、隠れるのもまた彼の得意なことの一つなのだ。特にクリスマスだとか、バレンタインだとか、イベントごとがある度に彼は意図的に用事を作り、姿を消す。それは例えば教授のお手伝いだとか、雑用を自ら進んで引き受けるだとか、周りが納得するような理由ばかりだ。そして今日もまた、彼が姿を消す日の一つだった。

「いつまでも子どもみたいに…っ!」

 かれこれ一時間と少し、私はこの広いホグワーツのあちこちを走り回ってリドルを探している。良いのか悪いのか、私もリドルのお陰で校舎内の隠れ部屋や抜け道をいくつか知っているが、当然、私に知られている場所に彼がいるはずがない。真冬なのに汗をかいて全速力で走っている私は、他の生徒からすればさぞかし滑稽なことだろう。けれど諦めるのも癪な気がして、手当たり次第いろんな教室に飛び込んでいる訳である。

 それでも見つからないと言うことは、もしや意外と分かりやすい場所に隠れているのだろうか。そう言えば今日はまだ図書館を覗いていない。実は図書館も奥の方へ行けばあまり生徒も来ず、人目につきにくい。

「ふ…ふふ……、待ってなさいよリドル!!」

 いい加減、走り回らされるのも疲れて来た。けれど彼は、自ら隠れる癖に探して見つけ出さないと拗ねる(そして意味もなく減点されたことすらある)。回数を重ねるごとに巧妙に隠れるようになった訳だが、今度こそ文句の一つや二つ言ってやらないと私の気が済まない。ぜえぜえという乱れた呼吸のまま、元来た道を辿り、図書館を目指す。もちろん再び全速力でだ。すれ違う先生に何か言われた気がするけれど、先生に叱られるよりも機嫌を損ねたリドルの相手をする方が何倍も面倒なのだ。

 人当たりがよく誰にでも親切そうに見えて、実は全くそうでないことを私は知っている。出会った当初から胡散臭いやつだとは思っていたのだ。それを指摘したことが私の人生最大級の愚かな失敗だ。それさえなければ私はきっと今、平和に学生生活を過ごしていたはずなのに。以来、彼は不満やら愚痴やら、日頃の鬱憤を私で発散するようになった。他の生徒がいる前ではまさかそのようなことをしないけれど、人がいないと途端暴言を吐くわ人に当たるわ、彼の相手をするのも楽じゃない。そんなこと私に言われたって、と言いたくなるような不満をぶつけられてもどうしようもない。大体、あれだけ人と一定の距離を保って浅く広い付き合いしかしない癖して、隠れたら隠れたで見つけて欲しいとはどこの我儘坊ちゃんだ。

「私の、休日、返しなさい、よ…!」

 息を切らしながら毒を吐き、思い図書館の扉を押す。一年も最後の日ということで、図書館には殆ど誰もいない。一番手前の書棚から一通り回ってみたが、娯楽本の棚以外には誰もおらず、こんなにも静かな図書館に来たのは私も初めてだ。誰もいなくともきっと奥の方にいるに違いない。見落とさないように、けれど早足で書棚の間を縫って歩く。行ったり来たりを繰り返し、最奥の来たこともないスペースまで来ると、そこには一人、出窓の内に座ってただ振り続いている雪を眺めているリドルがいた。やがて窓に映った私の姿をみとめると、ゆっくりと振り返った。

「随分遅かったじゃないか、
「あんたね!私がいつもいつも探しに来るのが当たり前とか思ってるわけ!?」
「思ってるさ」
「もうこれっきりなんだからね!次からは知らない!」

 悪びれた様子もなく平然と言ってのけたリドルに、とうとう我慢が限界に達した私は背を向ける。普段こんなに走ることもないから疲れるし、きっと筋肉痛になるし、汗かいたから段々寒くなって来たし、リドルのために走り回ってもそれを当然だと思っているし、もう全てが腹立たしい。なんで自分がこんなに一生懸命になっているのか分からない、あまりにも馬鹿らしいじゃないか。腹立たしい、馬鹿らしいと思うと今度は訳もなく泣けて来た。

 リドルに探せと言われた訳じゃない。勝手に探して勝手に怒っているとリドルに言われればそれまで。それでも、全力でホグワーツの中を走り回って、その結果それが当たり前だと言われれば腹も立つ。押し付けたい訳ではないが、これでも心配をしていたのだ。人との距離の測り方を知っているリドルが、彼の本当の顔に気付いた私だけに近付くことを許した。それは即ち、彼が危うくなっていても気付けるのは私だけということ。彼は強いと、賢いと言われているけれど、その実どこか言い表せない危うさを持っているような気がしたのだ。目を離せばどうなるか分からない、そんな曖昧なものだけれど。

 だから彼の姿が見えないと不安で、心配でいっぱいになる。全力で探しもする。ようやく見つかって、それで何事もなければそれで良い、それで良いはずなのに、ほっとしたはずなのに、どこか煮え切らない私がいるのだ。…本当は、彼が弱っていて欲しかったんじゃないか、なんて。それで、そこに付け込んでもっと私が彼の特別な領域に入れたら良い、なんて。

「…っくしゅ!」

 走るのを止めたせいで、急に寒気が襲って来た。ローブもカーディガンも寮に置いて来てしまったため、今の私はかなりの薄着なのだ。その上、袖も捲っていれば、それは寒くもなると言うもの。これ以上何も話そうとしないリドルと居ても無駄だ。袖を元に戻し、両腕を擦りながら図書館の出口を目指す。どこぞのベタな恋愛小説のように、走って追いかけて来てくれるほどリドルは優しい人間じゃない。分かっているのに抱いてしまう無駄な期待は、私が一方的にリドルに執着している証拠。

 図書館を出ると外気の冷たさは増し、がたがたと身体が震える。そんな中で手を温めようと握り締めても、白い息を吐き出してみても温まるはずがない。とりあえずこのままでは風邪をひいてしまうこと間違いない。一刻も早く寮に帰ろう、そして暖炉の前を一人占めして温まってやろう――――そう思い走りだそうとした時、勢いよく後方へ引っ張られる。

、一人でどこへ行くつもり?」

 そう耳元で囁く声はリドルのもの。それと同時に私を後ろから包んだのは私には大きなサイズの黒いローブ。そしてそのまま、私は彼の腕に捕らわれた。冷えた身体がどんどん体温を取り戻して行く。

「離してよ、寮に帰るの…」
「迎えに来た僕を置いて?」
「そんなこと言ってない」
「ふうん……じゃあこれはなに」

 するりと私のスカートのポケットに手を滑り込ませるリドル。その突拍子もない行動に、私は声を上げることも身を捩ることもできずただ固まった。ポケットから手を抜いた彼は、一緒に引き抜いたものを私の前にちらつかせる。依然捕まったままの私は大した抵抗もできず、気まずくて目を逸らすことしかできない。すると、ふ、と耳元で彼が小さく笑った。それにどういう意味があるのかは顔を見ないことには分からない。けれど、またあの人を小馬鹿にしたような嫌味ったらしい笑みでも浮かべているのだろう。

 彼の手に握られているのは、銀色のブックマーク。よく読書をしているらしい彼にと思い、先日購入したものだ。持っていて邪魔にならないもの、普段使えたら尚良いもの、そう思うと真っ先に浮かんだのがブックマークだった。けれど彼は毎年、人からの贈り物を極力断っている。だからたとえ私であろうと受け取ってなど貰えないかもしれない――――だから、渡さないつもりでいたのに。

「わ、私のよ、返して」
の趣味じゃない」
「そ…れは……」
「これ、僕のなんだろう?」
「…………」


 彼の髪が首に、そして彼の唇が耳に触れる。かあっと熱を持つ身体に、自分がリドルを意識していると認めざるを得ない。どうせ彼に嘘を付けないなら、頷けばいい、認めてしまえばいいのに、何か譲れない私がいる。私ばかりが振り回されるなんて、やっぱり認めたくない。それに、そうよあなたのものよ、と素直に言って捨てられてしまったらそれまでなのだ。これまで築いて来た関係が終わってしまうと思うと、どうしても私はそれが惜しい。それなのに、優しく「言ってごらん」なんて囁かれてしまえば、決意も揺らいでしまうではないか。

 誰もいない静まり返った廊下。今なら誰にも見られない。こっぴどく拒絶されてしまったとしても、誰に見られることもない。けれど、リドルはどんな言葉を私に求めているのだろうか。これまでは、それでもまだ分かりやすかった。姿が見えなければ探して欲しい証拠。八つ当たりをされれば仕事を押し付けられた証拠。無口になれば面倒な生徒に絡まれた証拠。それなのに、初めて見るリドルに私は彼の心の内を見ることができない。

「何を悩んでいるんだい?」
「何を、て……今リドルが何を考えてるのか分からないわ」
「そんな簡単なことも分からないのか」
「簡単なんかじゃ…!」

 思い切り振り返った先にいたのは、いつものように自信たっぷりに口の端を持ち上げて笑うリドル。余りにもいつも通りの彼に、私は思わず言葉を詰まらせる。動揺してたのはやっぱり私ばかり。目線を彷徨わせては泣きそうになる。こんな情けない顔をリドルに見せたことがない。「なら簡単なはずだ」…どうしてそんなにも簡単に言うのだろう。いつだって余裕そうな顔をして二歩も三歩も前を行く。最初から、振り回されるなと言う方が無理だったのだ。私をじっと見下ろす視線から逃げるように目線を落とし、ほとんと口も動かさずに私は言った。

「た…んじょうび、おめでとう」
「それから?」
「そのブックマークは、リドルに…」
「なぜ?」
「っリドルにあげたかったの!もういいでしょ!?」
「…まあいいか」

 そう言って溜め息を付くと、リドルは手の中で光るブックマークと、私の顔を交互に見比べる。そしてもう一方の手で私の髪を一房掬うと、流れるような動作でそれに口接けた。

「今度は違う言葉を期待しておくから」

 惜しむようにゆっくりと髪から手を離し、私の顔を覗き込む。意地悪く笑うリドルは変わらなくて、私なんて心配する必要ないんじゃないかと思うほどで、やっぱり言わなければ良かったと後悔するほどで――――けれど、私を通り過ぎて行く彼の姿を目で追って考えたのは、彼の求めたもっと他の言葉のこと。好き、だなんて薄っぺらい。彼はそんな言葉を求めている訳ではないのだろう。直接的な言葉も、現実味のない言葉も、彼は信じていないのだ。だとすれば、今この瞬間から彼の最も求める存在になるには、何を言えばいい。どう言えばいい。

 考えるよりも先に、足がゆっくりと動き出す。一人寮への道を辿るリドルを追い掛けて、少しずつ歩くスピードが上がって行く。足音だって聞こえているはずなのに振り返らないリドルの、その背に手を伸ばす。その瞬間、彼が私にかけてくれたローブが床に落ちる。

「ちょ…っと、危ないんだけど」
「い、言い忘れたこと…!」

 しがみ付くように、縋り付くように後ろから彼に抱きつけば、感じるのはさっきまで私を温めてくれていた体温。寒い訳じゃないのに小さく震える腕を、彼はそっと掴む。それが何かの合図であるかのように、言葉は詰まりもせずに出て来る。

「リドルの一番傍に居させて」

 それが私の望み。そして、きっと彼の望みでもある。なぜなら、振り返ったリドルは先程までとは打って変わって泣きそうな顔で笑いながら、私を見たから。ああ、これでよかったのだ、と安堵する。涙目でぎこちなく笑えば、「酷い顔だ」と人のことを言えない顔したリドルに言われる。そしてどちらからともなく指を絡め、額をくっつけると、ずっと彼に感じていた危うさの欠片が、一つ消えて行った気がした。





よりもよりもだけが










(2011/12/31 誕生日おめでとうリドル!)