多くの生徒がクリスマス休暇で家へ帰るため、いつもに増して寮は静かだ。他の寮生たちは今まさに帰省の準備に追われているらしい。事実、談話室に僕以外は誰もいない。そういう僕もこれから家に帰る訳ではあるが、準備などとうに終えてしまって暇を持て余していたのだ。そんな中、身の丈以上の樅の木をずるずると引っ張って、先輩は寮に入って来た。

「外は寒いね!手が凍るかと思っちゃった!」
「…なんですか、ソレ」
「ハグリッドに樅の木分けて貰ったの。意外と重くて」
「魔法を使えばいいじゃないですか」
「あ、そっか」

 先輩は一つ年上の癖に抜けている。浮かせて持って来るなり、軽くして持ってくればいいものの、先輩は何やら台車に乗せて一人で持って来たらしい。馬鹿ですか、と毒づくと、まあレギュラスよりは馬鹿だよねー、なんてへらりと笑う。そういう意味じゃない。とりあえず、その後先輩がどうするのか、僕はソファに座ったまま観察することにした。

 どうやら先輩は家に帰らず、ホグワーツでクリスマス休暇を過ごすらしい。イベント好きな先輩は、既に立派なクリスマスツリーが飾られている談話室に、更にもう一本ツリーを飾ろうとしているらしい。一から自分で飾りたいの、と無邪気に笑う先輩は馬鹿なのか何なのか。木にかかっている雪を一生懸命払えば、逆に先輩の髪に雪が降った。「うわあ!」と言いながら頭の雪を払う先輩に、思わず頬が緩む。彼女は毎日見ていて飽きない。

「レギュラスも飾る?」
「そんな子どもっぽいことに興味はありません」
「でも読書の手が止まってる」
「先輩を見てると飽きませんから」

 すると、流石に彼女は機嫌を損ねたらしく、「ふん!」と言いながら僕に背を向け、ツリーの飾り付けを再開し始めた。その内、機嫌も直って鼻唄が聞こえて来る。嬉しそうに木の周りを回りながら、きらきらとしたテープを巻き付けて行く様子はまるで子どもだ。更に様々なオーナメントを枝に吊るして行き、ただの樅の木はみるみる華やかなクリスマスツリーへとその姿を変える。

 一通り飾り終えたらしく、満足そうに腰に手を当ててツリーを眺める先輩。口ではああ言ったが、彼女のころころと変わる表情も、突拍子もない行動も、全て可愛らしいと思う。「どう?」と言いながら得意げに笑い、くるりと振り返るその様すら。…僕は本を置いて、ツリーの傍らに立つ彼女の元へと歩み寄った。

「素敵ですね」
「子どもっぽいとか言った癖に」
「感想を聞いたのは先輩じゃないですか」

 めちゃくちゃですよ。そう言葉を繋げるとまたふいっと顔を逸らす。そして、手の中にたった一つ残っているてっぺんの星に目を落とした。樅の木を立てる前に星を飾っておけば良かったと言うのに、そうしなかったが故に残ってしまった星を、先輩は残念そうな顔をして見つめる。ぽつりと、「私じゃ届かないの」と零し、精一杯背伸びをして見せる。ぷるぷると震える腕、バランスの悪い爪先立ち。危なっかしい先輩だと思いながら、彼女の手からそっと星を取り上げる。驚いた先輩はふらついて小さな悲鳴を上げたが、僕だって彼女一人支えられないような弱い人間じゃない。彼女の肩を支えたまま、僕は背伸びもせずに最後の星を飾った。

「あ、ありがとう…」
「届かない、と言いつつ挑戦してみるのってどうなんですか」
「だって」
「頼まれれば手伝ってあげないほど意地悪じゃありませんよ」
「どの口が言うのよ」
「この口です」
「ばか」 

 眉を下げて小さく笑う先輩。額をくっつければ、もう一度「ありがとう」と囁く。…本当は、僕がこの休暇中に家へ帰ることを先輩が寂しがっていることを知っている。それを伝えた時に、一瞬とても悲しそうな顔をしたのだ。けれどその後ろにある家の事情を汲み取った彼女は、強がって笑った。今もきっと、引き止めたいと思っているのだろう。先輩は考えていることがすぐに顔に出るのだから。僕も当然、先輩を一人になどしたくはないが(しかも僕がいないのを良いことに彼女に近寄る生徒もいるかも知れない)、家の命に背くことはできない。

「あの星は届かなくても、僕は届く所にいますから」
「うん」
「休暇なんてあっという間ですよ」
「…うん」
「待ってて下さい、すぐ戻って来ます」
「分かった」

 少し頬を染めて、ようやくいつも通りに笑う。意地悪を言いたくなるのも、甘えさせたくなるのも、どうしようもなく愛しいからだ。人は自分にないものに憧れ、焦がれると言うが、僕と彼女はまさにその通りだと思う。彼女の純粋さや自由奔放さに僕は惹かれ、愛しいと思った。彼女は知っているだろうか、「馬鹿ですか」と言った言葉の裏にはいつも、可愛い人だと思う気持ちがあると言うことを。

 力いっぱい抱きしめると、「苦しいよ!」と背を叩く先輩。それでも離してやらずにいると、「仕返し!」などと言いながら彼女なりにめいいっぱい抱き締め返して来る。だから、そういう所が可愛いと言っているのだ(いや、言ってはないか)。

先輩」
「な、に…くるしい…」
「良いクリスマスを」
「レギュラスのせいで良いクリスマスを迎える前に息の根が止まりそうだった」
「先輩が可愛いのが悪いんですよ」
「はっ!?」

 いつもは口にしない言葉を伝えれば、途端、先輩は顔を真っ赤にした。もう一度、「可愛い人ですね」と言いながら頬にキスをすると、耳まで真っ赤にしてとうとう言葉を失う。これでもかというほど目を見開いて僕を見上げていたが、やがて羞恥心からか目を逸らし、右に左にと目線が彷徨う。それでも離れがたそうに手だけは僕の制服を掴んで離さない。そして少しはにかみながら「も…もう一回」なんて言うものだから、先輩以上に僕の方が離れがたくなってしまった。さっき先輩に言ったばかりの、“休暇なんてあっという間だ”という言葉を、何度も何度も自分に言い聞かせる。

「良いクリスマスを、レギュラス」
先輩も」

 寂しがり屋の先輩のために、休暇中に手紙を書こう。そして、先輩が喜んでくれるのであれば、そこにはいくらでも甘い言葉を並べよう。それを読んで今のように先輩が顔を真っ赤にする所を想像すると、少しはクリスマス休暇も楽しめそうだと思った。





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(2011/12/25)