甘いものが好きだ。甘いものを食べると幸せな気持ちになる。買ったばかりのホワイトチョコを口に含むと幸せが口中に広がる。それはまるで幸せが溶け出すかのようだ。頬を押さえてその甘さを噛み締めていれば、後ろから笑う声が聞こえる。はっとして後ろを振り向けば、リーマスがおかしそうに口元を押さえて笑っていた。後ろ姿しか見えていないはずなのに、私の周りに花が飛んでいるのが見えたらしい。後ろの机で次の仕事の書類に目を通しているリーマスに、チョコレートの箱を掲げてみせた。


「リーマスも食べる?」
「いや」


 そんな顔して食べているのを見るだけでお腹いっぱいだ。首を横に振ってそんなことを言う。てっきり、彼のことだから「頂くよ」の一言が返って来るかと思っていたのだ。一人もぐもぐとホワイトチョコを頬張る私は、彼の意外なリアクションにどうすればいいか分からず、更にもう一粒ホワイトチョコを口に放り込む。

 前に向き直ってソファに背を預けてずるずるとずり下がると、首が痛くなって来たのでそのまま横に倒れた。私とリーマスが少しがんばって買った二人掛けのソファでは、身を縮めなければ足が肘置きから飛び出してしまう。贅沢のできない私たちの生活で、唯一贅沢をしたのがそれだった。お互いまともな職になんて就けなくて収入は不安定。借りているこの部屋も決して広くはないし、綺麗でもない。だからこのソファは部屋の中でやけに浮いていて、この部屋にこれが来た日には「ミスマッチだね」と顔を見合わせて笑った。


「幸せそうな顔して食べてるね、
「もう口に入ってないよ?」
「さっきの話だよ」
「うん、幸せ。ホワイトチョコは幸せの味がする気がする…」


 大袈裟だなあ、とでも言いたげに肩を竦めてみせるリーマス。次の仕事のことはもう頭に入れたらしく、椅子から腰を上げるとこちらに歩み寄る。そしてソファに仰向けになる私を見下ろすように背もたれに手をついた。私の好きな柔らかい笑みを浮かべるリーマスに、自然と私の顔は僅かに熱を持ち始める。何となくそわそわしてしまい、チョコレートの箱を弄ぶ両手。リーマスから視線を逸らすと、また彼は小さく笑った。

 何も大袈裟なんかじゃない、いつ命を落とすとも知れない危険な仕事もある中、こうして何も考えずに過ごせる時間というのはとても幸せなのだ。そこにリーマスが居るなら尚更。いや、リーマスがいるから幸せを感じられるのかも知れない。リーマスがいるからちゃんと帰って来ないと、と思える。待っていてくれる人がいることが日常になって行く。けれどそれを普通だなんて、当たり前だなんて思いたくない。こんな、何をするでもないただの休日を特別だと思える私たちでいたい。


、やっぱり貰おうかな」
「ホワイトチョコ?」
「うん」
「どうぞ」


 箱から取り出して差し出すと、私の手首を引っ張ってそのままチョコレートを口へ入れる。リーマスの唇に触れる指先、そのまま彼はそこにそっと口接けた。その瞬間、なぜかずきりと胸の奥が痛む。きっと大きく心臓が跳ねたせいだ。リーマスといると私はよく同じような痛みに襲われる。幸せなのに気持ちに罅が入るような感覚は、私の脳を甘く痺れさせる。痛みと共に溶け出す思いは間違いなく恋愛感情で、それに振り回されて時折、私は怖くもなった。この人なしの幸せなんて、もう見つけられない気がして怖くなった。

 けれどその度にリーマスが優しく甘やかすから、私は怖さから抜け出すことができるし、日常を特別視することができる。これを依存とは呼びたくない。磁石のように引かれ合ったからこその感情なのだと、私は信じたいのだ。掴まれたままの手でリーマスの頬に触れてみる。私の手が温かいのか、リーマスの頬が冷たいのか、その温度差は益々私を現実へと引き戻した。ここにいる、と鮮明な感触が指先から伝わった。


「リーマス」
「なに?」
「もう一つ食べよう」
「いいよ」


 起き上がってもう一人スペースをソファーに作る。リーマスがそこに座ると、お互い少しだけ身体を内側へ向けた。向かい合う私とリーマス。そして箱からさっきと同じようにホワイトチョコを取り出して差し出す。幸せのおすそわけだね、と言うと、もっと幸せが欲しいんだけど、とリーマスは私をじっと見つめた。ただのチョコの催促ではないことくらい私でも分かる。行き場を失くした手の中で溶け出すホワイトチョコは、甘く変わっていく空気に耐えかねたようにも思えた。










(2011/11/25)