私は問題児だ。自分で言うのもなんだが問題児だ。歩けばぶつかる、走ればこける、座っていても盥が降って来る…とまでは言わないけれど、まあおよそそんな感じだ。そんな私が苦手なのは当然、座学より実践を主とする授業。特にスネイプ教授の魔法薬学なんて圧力がとんでもないので、その緊張もあり、毎回スネイプ教授は私のいる授業の後、エバネスコし放題という訳だ。私の悪意のない問題児っぷりは、他の先生であれば入学当初こそよく怒られはしたが、今ではもう呆れる他ない。ただしこのスネイプ教授を除いては。

「Ms.、これは一体どういうことかね」

 今月、いや今週何度目の失敗だろうか。生憎鍋自体の爆破は免れたものの、噴きこぼれた液体は机をどろどろに溶かし、大きな穴を空けてしまった。机は溶かしたのに鍋は溶けない不思議、寧ろそっちの方がこの謎の液体の不気味さを物語っているようだった。もしかすると、触ってみれば服は溶けないけれど指は溶ける、なんてことがあるかも知れない。

 いやいやそんなことより問題は目の前の教授だ。無表情なのに後ろにどす黒いオーラが見える。ああ、今日は一体何点減点になるのだろうか。寮のみんなには申し訳なくて仕方がない。毎回減点された分はなんとか座学で取り戻すようにしているけれど、スネイプ教授の場合はその減点が容赦ない上に半端ないため取り戻すのが大変なのである。

「Ms.
「は、はい…」
「最後に鍋は何度どちらへ掻き混ぜろと我輩が言ったか覚えているか…或いは教科書に書いてあるか」
「…右へ二回半です」
「途中何色に変化し、最終的に何色になるはずか分かっているかね」
「混濁した緑になった後、透明な黄緑色になります」
「では、これは何色に見える」
「………濁った紫色です」

 くすくすと私を嘲笑する声が聞こえる。大方スリザリンの生徒だろう。友人たちは私とスネイプ教授のやり取りをハラハラしながら見守っている。減点は二十か、三十か、加えて罰則か―――まだ鍋の中に残っている得体の知れない紫色の液体をじっと見つめながら、諦めた私は教授の決定を待つ。

「罰則だ、Ms.
「…え?」
「この授業が終わったら全員分の調合の片づけをしたまえ、無論一人で、魔法を使わずにだ」
「…………」
「返事は」
「あ、は、はい!」

 減点なしの罰則あり。これはスネイプ教授にしては随分と寛大な処置だった。そのことに私はかなりほっとしたのだが(寮の皆に迷惑を掛けなくて済むし)、周りはそうでもなかったらしく、寮のみんなは授業が終わるまでずっと心配そうに私を気遣ってくれていた。授業が終わり、教室を出て行く際も、後片付けを一切せずこの薄暗い地下牢へ私を一人置いて行くことに随分と心を痛めているようだった。いつも迷惑掛けていると言うのに、それだけで十分だ。優しい友人たちを持った、と私は思う。まあ、スリザリン生たちは「もっとしてやればいいのに」と思ったのだろうけど、所詮他寮だ、関係ない。

「しかし、多い…」

 強いていえば、今日は二人一組ではなく、一人で行う調合だったことが災難だ。二人一組であれば片付けも半分で済むのに。そう思って小さく溜め息を付けば、「溜め息とはいいご身分ですな」と低い声が後ろから響き、驚いた私は磨いたばかりのビーカーを落とした。…だけなら良かったのだが、割れた。慌ててその破片を集めようとしゃがむ。頭の上から、私のとは比べ物にならないほど重い溜め息が聞こえた。せっかくスネイプ教授が罰則だけで済ませてくれたと言うのに、今度こそ減点されるに違いない。そう思いながら一つ一つ欠片を拾ってバケツに放り込む。

「割れ物を素手で触るな、危ないだろう」
「すみませ……じゃなくて、教授にさせる訳にはいきません!私がやるので…いたっ」
「……………」

 どうやら魔法で何とかしようとしたらしい教授が杖を取り出したのだが、これも罰則の内、自分で片付けなければ――そう思ったが、そこはそれ、私だ。柱があればぶつかる、何もなくてもこけると言われているだ。ビーカーの破片でざっくりと指を切ってしまった。しかも結構深い。だらだらと流れる真っ赤な血に、まずい、と青褪める。血が怖いだなんて可愛らしいことは言わないが、このせいで罰則がこなせないのは困る、非常に困る。言い訳がましいかもしれないが、涙目になりながら「悪気はないんです…」と言えば、スネイプ教授は無言でしゃがみ込んで切り傷を負った私の指を見る。

「い、いだだだだだだ!」
「止血だ」

 指の根元をこれでもかという力で握るスネイプ教授。止血というより、これまでの恨みつらみが籠ってまるで指を捻り潰さんとしているようだ。しかもそのまま乱暴に引っ張られて教室の奥へ移動する。ずらりと薬品の並んだ棚の中から小さな透明の小瓶を取り出すと、中身を傷口に掛けた。当然、ぽたぽたと指を伝って床にも落ちるが、そんなことは気にも留めない。すると、みるみる血の止まって行く傷口。まだ痛みはするが、先程よりは随分とましだ。見た目のグロテスクさもなくなり、ほっとする。

 しかし申し訳なさを拭い去れずに項垂れていると、スネイプ教授はぽつりと「分かっている」と言う。何のことか分からず首を傾げれば、小瓶の蓋を閉めながら教授は私に背中を向けた。いや、薬品棚へその小瓶を戻すためではあるのだが。そしてそのまま、理解できていない私のために言葉を補足した。

「悪気がないということくらい、見ていれば分かる」
「え…」
「それすら見極められないような人間に見えたのかね」
「いえ、そういう、訳ではなく…」

 分かっている、という言葉を口にしてくれたことが意外だったのだ。無駄なことは言わないと思っていたのに、この人なりの気遣いだろうか。実は良い先生なのではないか、と思う。確かに厳しいし今だって威圧感たっぷりではあるが、何だかんだ、面倒見も良いように思う。そうでなければスネイプ教授手ずから手当などせず、すぐに医務室送りになっていたに違いない。…口ごもる私を振り返ると、スネイプ教授は特に怒った様子もなく、いつもと何ら変わらないトーンで私の予想していた言葉を口にした。

「ならば早く医務室へ行きたまえ」
「でも、片付けが…」
「怪我の処置が遅れマダム・ポンフリーからお叱りを受けるのは勘弁願いたい。それに君に片付けを頼むよりも自分でした方が早い」
「ご尤もです…」
「…また次の機会にしてもらう。まずはその指を早く治したまえ」

 予想だにしなかったスネイプ教授の言葉に、今度こそ私は目を見開いたまま固まってしまった。自分の寮の生徒ならまだしも、私のようないつも失敗する生徒にそんな言葉を掛けてくれるだなんて、一体誰が想像しただろう。

 スネイプ教授がそう言ってくれた以上、長々とここに居座る訳にも行かない。机や椅子にあちこちをぶつけながらも、教室の出入り口にまで辿り着くと、扉を開ける前にそっと振り返る。すると、考えの読めない双眸が私をじっと見ていた。視線が合い、少し首を傾げれば、眉根を寄せてふいっとまた背中を向けてしまう。ああ、きっと教室を出て行くまでにまた転んだりしないか心配して見てくれていたのだろう――先程の出来事ですっかりスネイプ教授の印象が変わってしまった私は、そんな都合のいい解釈をしながら暗い教室を出た。

 浮かれていてもそうでなくても、また医務室に行くまでに転んで膝を擦り剥いたのは言うまでもない。










(2011/10/24)