総司君は昔から優しくて、よく笑っていて、私の傍に居てくれた。ずっとずっと一緒に居ると思ったのに、置いて行かれちゃって、寂しくないとでも思うのだろうか。土方さんは何を企んでいる、なんて言うけれど、企んでいることなんて一つもない。目的はただ一つ、総司君だ。











 とはいえ、総司君は覚えているのだろうか。あんな小さい時の約束を。私は今でも鮮明に覚えているけれど、もし私だけだったらどうしよう。…そんな、今更な不安がふっと湧き上がる。

 曇天とか、雨の日に考え事をしてしまうとなかなか抜け出せなくなる。けれどそれは、今日みたいにからりと晴れた日でも同じのようだ。朝からずっと「忘れられていたらどうしよう」という不安ばかりが頭の中をぐるぐると駆け廻って離れてくれない。かといって仕事の手を休めることは決してせず、陽の光をいっぱい浴びた洗濯物を取り込むと、縁側に店開きのごとく広げた。

「どうしようかなあ…」
「何がだ?」
「総司君が…………原田さんですか」
「総司じゃなくて悪かったな」

 まだ温かい洗濯物を畳んでいると、ふと後ろから声をかけられた。いきなりのことに危うく口を滑らせてしまう所だった、危ない危ない。手を止めて原田さんを見上げると、目線を合わせるべく原田さんは私の隣に腰を下ろした。そして聞いてもいないのに「総司なら夕飯には帰って来るだろうよ」と情報をくれる。…ありがたいけれど、考えていることを見透かされているようで怖くなった。眉根を寄せて原田さんに視線を送れば、苦笑いされる。

の考えていることなんざ俺じゃなくても分かるんだよ」
「そ、そう、か、なあ…」

 しどろもどろ。まあ確かに小さい時から総司君総司君って後ろに引っ付いていたけれど、原田さん達が道場に出入りするようになる頃にはそれだってなくなっていたのだから、明らかに、なんて態度は取っていないはずなのだけれど。原田さんはこういうことに目敏いって言うから、つまり、そう言うことなのだろうか。土方さんは(嫌でも)付き合いが長いから仕方ないとして。永倉さんや藤堂君は気付いていなさそうだ。

 洗濯物を手繰り寄せて、丁寧に畳む。…あまりじっと見られているとやりにくいのに、原田さんは何を窺っているのか私の顔をじっと見たまま、視線を逸らそうとしない。「何か?」「本当にあのなんだよなあ、と思って」あのとはどのだ。

「本当に総司を追って来たのか?」
「さあ?」
「相変わらずだな」
「原田さんが私の何を知ってるって……総司君!」

 廊下の向こうからやって来た影を見つけて、原田さんとの会話もそこそこに総司君に声をかける。すると、総司君はにこりと笑ってこちらにやって来てくれた。そして原田さんと反対の方に回ると、座っている私に合わせて総司君はしゃがみ込む。

「帰り、夕方だって聞いたんだけど」
「早く終わったんだ。君を探してたんだよ」
「私?」
「この間は君が僕を探してくれていたよね」
「う、うん…!何か、用事でもあった?」
「そうだなあ…強いて言うなら、ちょっと顔が見たくなっただけ」

 その一言に私の顔は火が出るほど赤くなる。取り込んだばかりの洗濯物を握っている手に、じわりと汗が滲むような感覚がする。ぐしゃりと握り締めたそれは、見事なまでに皺が寄った。

「あんまり無理しちゃ駄目だよ。あと、この人危ないから気を付けてね」
「おい総司どういう意味だ」
「だ、大丈夫!原田さんね、総司君が帰って来る時間教えてくれたから!優しい人だね!」
「うん、何もされてないなら良いんだ」
「……………総司、…」

 そう言って総司君はまたにこっと笑い、この間と同じように私の髪を撫でる。…昔もよく、私が泣いてしまうと「いい子、いい子」なんて言いながら頭を撫でてくれたっけ。でも昔とは違って、総司君の手はすっかり大きくなって、すっぽりと私の頬を包んでしまうくらい。男の人なんだなあ、なんて思いながら、その手の心地好さについ瞼が落ちて来る。

「寝ちゃ駄目だよ」
「っ寝てないよ…!」
「ああ、そうだ。昨日近藤さんからお菓子もらったんだけど、君も食べる?」
「でも、近藤さんからもらった大事なものでしょう?」

 総司君が近藤さんを随分慕っていることは知っている。近藤さんは大らかで優しくて、私にとっても昔からお兄さんみたいな人だった。総司君の方がずっと近藤さんと過ごしている時間は多いけれど、私も総司君が近藤さんを追い掛ける気持ちはよく分かった。そんな近藤さんからもらったものを私なんかが分けてもらってもいいものかどうか、躊躇う。

「君と分けるんだったら近藤さんも喜ぶと思うよ」
「本当?」
「うん、本当」
「…じゃあ、これが片付いたら…」
「分かった。それじゃあ、部屋で待ってるから」
「うんっ!」

 元来た方向へ戻って行く総司君の背中を見つめていると、いつの間にか思いっきり握り締めていた手から力が抜けた。駄目だ、総司君の近くに居ると緊張して仕方がない。昔はあんなにも喋ることができたのに、今は全然上手く行かない。ぎこちなくなっちゃうし、総司君がなんとか会話を繋げてくれているみたいだけれど、それがなかったら沈黙になってしまっていると思う。

 ふう、と小さくため息をつけば、「お前らなあ…」と大きなため息交じりの声が横から漏れる。そうだ、忘れていたけれど原田さんもいたのだった。恥ずかしい所を見られてしまった。けれど、原田さんなら誰かに言いふらすなんてことしないだろうし、大丈夫だろう。

「見ていて気色悪ィ…」
「失礼な人ですね!」
じゃねぇ、総司だ!」
「益々失礼です!」
「お前、あれが総司の素だと思ってんのか!?」
「は?何のこと、」
「左之さん、ちょっと来てくれませんか?」

 行ってしまったと思った総司君が再び現れて、話もそこそこに原田さんを連れて行ってしまった。

「何だったの……」

 去って行く二人を見つめながらそう零そうとも、その問いに答えてくれる人などここにはおらず、私は再び仕事に戻る。…それにしても、今日はこの間よりも総司君と話せた気がする。もうこの際、ぎこちないのは仕方ないと思おう。少しでも総司君と話せる時間が増える、それが幸せだ。きっとそうやって話す機会を重ねて行けば、ちゃんと昔みたいに話せるようになるはず。また、昔みたいに笑って話せるようになるはず。

(早くそうなると良いなあ…)

 頬は緩みっぱなしのまま、目の前の洗濯物を片づけようと意気込むのだった。




***




「左之さん、余計なこと言わないで下さいよ」
「…やっぱりわざとか」
「当然ですよ」

 がこっちに来た時から、彼女の目的はちゃんと分かっていた。彼女との約束を自分が忘れる訳がないのだ。笑顔を向けられる度に、力いっぱい抱き締めてやりたくもなる。料理も洗濯も裁縫も頑張ると幼い頃に言っていた通り、はそれをきちんとこなせるようになって京まで来てくれた。忘れられていても仕方ないと思っていたのに、だ。

「僕があの子の期待を裏切る訳には行かないでしょう?」
「だからって、なあ……」

 の気持ちには気付いている。自分だってそうだ、が大切で仕方ないし、忘れたことなんてなかった。だからこそ機会を窺っている。ちゃんとと話し合う機会を。まだ今はもこっちへ来たばかりで落ち着かないだろう。それに、は本当に新選組が京でどのようなことをしているのかを理解しているのだろうか。何を知っても自分の傍に居てくれるのだろうか。

「あの子は大切な子なんですよ」

 だからこそ、難しいのだ。








 

(2011/4/1)