「まあ良いじゃないか、くんも立派に自分のことを決められる年だ。それに何より頑張り屋さんだということは良く知っている」
「最初のはともかく最後のは理由になんねぇよ。ていうか近藤さんも皆も何で気付かねぇんだ」
「何をだ?」
はある意味二人目の総司だぞ」











 敵は、副長室に在り。…屯所生活二日目の夕方、ぶすっとした顔で正座をさせられている私は、これまた鬼の形相の副長様こと土方さんと対峙していた。

「目的を話せ」
「なんで土方さんなんかに」
「……
「そんな風に怒ったって私には効きませんよーだ」

 べー、と舌を出して言ってやった。私の目的なんて総司君ただ一人なのに、そのただ一人がなかなか捕まらない。仕事、仕事、仕事。そりゃあ、総司君が遊んでいる訳じゃないことくらい、いくら私でも分かっている。それでも、ここまでなかなか会えないとなると、何か仕組まれている気がしてならない。

 ずっとずっと、私は総司君を追って来た。それはもう、小さい時からずっと。やんちゃだの、悪戯好きだの言われていたけど、総司君は私には決してそんなことをしなかったし、一生懸命ついて行けば待っていてくれた。置いて行かれたのは初めてだった。だからまた必死で追いつこうとしてここまで来たのに、ここでも阻まれるだなんてこれ以上どうすればいいって言うの。

 結論、張り倒せばいいの。

「大体、私が土方さんに用事なんてあると思います?わざわざ土方さんを追いかけて来ると思います?」
「んな末恐ろしいことあってたまるかよ。…総司だろ」
「分かってるなら聞かないで下さい」
「一丁前に色気づきやがって」
「うっさいですよ!」

 バン!と手のひらで思いっきり畳を叩く。その私の行動にはさすがの土方さんも驚いたようで、僅かに目を瞠った。けれど動揺なんてしないのは流石というか、憎らしいと言うか。所詮、この人からすれば私のやってることなんて餓鬼の足掻きなんだろうけど、それだって私は真剣だ。中途半端な気持ちで京に来たわけじゃない。私なりにたくさん我慢して、これでもかってくらい我慢して、これ以上無理だって所まで我慢した。

「それこそそんな簡単な問題じゃないんですよ!私がどれだけ寂しかったかなんて、土方さんに分かりっこないんだから!」
「おい!」

 呼ぶ声を無視して乱暴に障子を開け、副長室を飛び出した。

 土方さんに呼ばれたかと思えば、何も説明せず「帰れ」だ。昨日は渋々だけど承諾した癖に、一晩でころっと考えを変えるだなんて馬鹿にしてる。挙げ句の果てに色気づいたの一言でまとめられて、これを腹を立てずにどうしろというのだ。それまでずっと一緒だったって言うのに置いて行かれて、途端静かになったご近所さん。ぽっかりと私の気持ちに穴が空いてしまって、寂しくて寂しくて仕方なかった。

 ただそれだけ、と言われればそれまで。でも私は総司君の約束があったから一回も泣かなかったし、総司君は一度だって約束を破ったことはなかったから、ずっと信じていた。こんなことなら男に生まれればよかった、とは思わないけれど(だってそれじゃあ総司君のお嫁さんになんてなれないもの)、女だからと退け者にされて寂しくない訳がない。

「こんな所で何してるのかな、君は」

 縁側から足を放り出してぼんやりしていると、頭の上から声が降って来た。上を向けば、声の主はずっと探していた総司君。昨夜、助けてもらってから全く姿を見ていなかったのだけれど、ようやく会えた。嬉しさから自然と笑顔になり、立ち上がろうとすれば総司君は手を貸してくれた。

「ずっと探してたの!」
「ごめんね、ちょっと忙しかったんだ」
「ううん、お仕事がたくさんあるのは分かってるもの。…無理してない?」
「君に心配されるほど僕は弱くないよ」
「そ、そっか!」

 久しぶりの会話に、どこか照れてしまう。総司君は何も変わってないのに、ただ、長く会っていなかったというだけでこんなにも舞い上がる。立ち上がる時に握られた手を総司君が離すことはなくて、それも私をどきどきさせる要因の一つだった。以前はなんともなかったというのに、目を見て話すことはとても恥ずかしくて、右へ左へ、目は泳ぐ。言っておくが、やましいことがある訳ではない。

 それきり会話は途切れてしまって、向かい合って片手を握られているだけ。誰かが見れば、不自然すぎる状況に顔を引き攣らせるだろう。けれど周りの目を気にしているだけの余裕は私にはなくて、彷徨っていた視線は握られたままの手に固定した。

 話すことはたくさんあるはずなのに、どれから話そうか、どう話そうか、頭の中は混乱するばかり。どれだけ言葉を事前に用意していても、いざ本人を目の前にするとこんなにも緊張するだなんて初めてだ。総司君相手に緊張なんてしたことなかったものだから、自分自身にも少し戸惑う。

「土方さんに何か意地悪でも言われた?」
「い、われてない、よ!ここに居て良いって言ってくれたの、土方さんだし…うん、」
「昔はよく二人して土方さんに怒鳴られて、君はよく泣いてたからね」
「今は泣かない…っ!」
「はは、そっか」

 そう言って笑って、くしゃっと私の前髪を撫でる。その手がとても心地よくて、擽ったくて、思わず目を細める。すると今度は手背で二、三度頬を撫ぜて「でも、何かされたらすぐ僕に言うんだよ」と小さな声で私に言ってくれる。

 ほら、やっぱり何も変わってない。総司君は優しい言葉を私にくれる。手が離れるのを惜しいなと思いながらも、総司君は次の仕事に向かうべく、私に背を向けた。仕方ない、仕事だもの。そう言い聞かせて、さっきまで握られていた右手を自分でぎゅっと握り締める。まだ総司君の温度が残っている気がして、自分の右手なのにとても愛しい。

 明日はもう少し話せるのかな。明日は上手く話せるのかな。いや、明日も仕事で忙しいのかな。ここまで来たけれど、やっぱり機会を待つしかできない私は、せっかく総司君に会えたのに、嬉しさの裏側から寂しい気持ちが責めて来るような気分だった。








 

(2011/2/26)