、おおきくなったらそうじくんのおよめさんになりたいな」
が?」
「そうじくんのためだったら、、おりょうりもおせんたくもおさいほうもがんばる」
「ほんとかなあ」
「ほんとだよ!」
「じゃあほんとにががんばれたら、ぼくのおよめさんにしてあげるよ」
「うん!がんばるね!」












 寒い、どころではない。骨から冷えるとはこのことを言うのだろう。江戸だって勿論冬は寒くない訳ではないけれど、京の寒さはまた全く違う。

「しかもそうこうしてる間に夜だし…早く宿を探さないと…」

 京に着くまでは人と一緒だった。ずっと同じ人ではなく、行く先々で色んな人にお世話になって、ようやくここまで来た。庶民なりに厳しく躾られて来た身、これでも人を見る目はあるのだ。一見無茶とも思える旅を私がしようと思った理由はただの一つ。

「…まあとりあえずそんな事は置いといて、と」

 回想に耽るのも、ここまでの道程が決して楽ではなかったからだ。けれど京に着きさえすれば後はこっちのもの。良くも悪くも有名人の彼等を探すのなんて朝飯前だ。…あっいや、朝ご飯前だ(そう、私の両親は言葉遣いにとても五月蝿い)。

 寒さでがちがちと歯が鳴る。着いたのはまださっきだというのに、日が暮れるのは本当に早い。大きな通りではないため人通りが少ないのも、寂しさを増幅させる。従って自然と早まる足、けれど初めての地で簡単に目的地へ辿り着けるわけがない。しかも暗くなれば目印も何もない。急に心細くなりながら、手探りで路地を行く。…何だか嫌な予感しかしない、のも暗いせいだろうか。

 いやいや、ここまで来て何を弱気になっているのだろう。頭一つ振って気合いを入れ直したその時、突如後方から男の叫び声が聞こえた。静さを一瞬で裂いた叫び声にびくりと肩が大きく跳ねる。次にはぐしゃり、と嫌な音がした。それが何か分からないほど私も馬鹿じゃない。

「ヒヒッ、血…血だ……」

 逃げようとしても身体が動かない。辛うじてぎこちなく回した首、夜目で捉えたのは白い髪と赤い目。彼等の足元には少し前まで人であったであろうもの。血だまりに魅了されているのか、幸い彼等は私に気付いていない。逃げるなら今、今しかない。それなのに動くことができない。

「や、」
「しーっ」

 声を上げかけたその時、誰かに口を塞がれてずるずると引っ張られる。有無を言わさず物影に私を退かせると、ようやくその人は私の口を解放した。「あの、ありが、と………?」そろっと振り返りながらお礼を言い、その手の主を確認して私は思わず固まる。

「そ…総司君…!」
「何で疑問形なの?…そんなことより、何で君がこんな所にいるかな」

 願ってもみない、私を救ってくれたのは遥々江戸から追って来た沖田総司その人だったのだ。

 君の行動は昔から分からないよ。総司君はそう言って笑うと、私に大人しくしているように言い、その場を離れる。そうは言われても、気になるのが私という人間だ。顔を半分だけ出して目を凝らし、闇の中に総司君の背を追う。満月のせいで言うほど暗闇でもない今晩は、総司君がさっきの白髪の男たちに向かって剣を抜いたのも見えた。そしてあっという間に一人で倒してしまったことも、向こうからもう一人、総司君の仲間らしき人物がやって来たのも見える。会話までは聞き取れないけれど。

「む……見覚えあるけど誰だっけ……」
「おい、なんでお前がここにいる」

 地を這うような低い声と共に、突如後ろから首根っこを掴まれる。どれだけ時が経っても、幼い頃から聞いているこの不機嫌そうな声を聞き間違えるはずがない。

「屯所まで来てもらおうか、

 よりによって何でこの人なの、偉い人って外に出ないものなんじゃないの。




***




 新選組屯所とやらに土方さんによって連行された私は、いわゆる申し開きのようなことをさせられていた。そうは言っても、私のことなんて総司君や土方さんたちが一番よく知っている。私は総司君を追い掛けて来たということを一応は伏せて、江戸からどうやってここまで来たかや、親にはちゃんと伝えて来たことを報告した。道程の話をしている間は皆さん固まったり青褪めたりしていたけれど、伊達に農村で育って来たわけじゃない。根性はある。

 それに私だってタダで置いてくれと言う訳ではない。掃除洗濯炊事、一般的なことは叩き込まれているのだからここでそれを発揮しなくてどうする。何のために厳しく躾けられたと思っているのだ。確かに学はないから頭は良くないけれど、私みたいなのが生活するなら学より家事。

「いーじゃん、が炊事洗濯したいって言ってくれてるんならしてもらえば」
「そうそう、メシだって俺たちが作るよか絶対ぇ美味いんだからよ!」

 はあ、と盛大に溜め息をつく土方さん。藤堂さんと永倉さんは受け入れてくれそうだし、近藤さんだって「来てしまったものは仕方ない」とか言って承諾してくれそうだ。だけど、ここで全ての決定権を握っている土方さんが頑として反対しているため、私の今後は決まりかねているのだ。ちなみに斎藤さんは土方さんが良ければそれで良いらしい。

「そんな簡単な問題じゃねぇんだよ。こいつの親御さんに何て説明…」
「可愛い子には旅をさせろって言うしなあ、と言われました。それにちゃんと伝えて来たって言ったじゃないですか」
「……………」

 ここまで来てそう簡単に江戸に帰されてたまるものか。総司君や近藤さんに言われたならまだしも、土方さんに言われたから帰る、なんて意地でもしたくない。ここは何をしてでも京に残らなければ。残念ながら猫被りは私の十八番だ。私は正座を崩さずに両手をついて頭を下げた。「お願いします、どんな仕事でも絶対に嫌がらないし、出来が悪かったら放り出して下さっても構いません!だから見極めるまではここに置いて下さい、私だって、み、皆さんのことが、心配で…っ!」涙ながらに訴える、誰だよ私。正直、土方さんがこんなのに簡単に引っ掛からないことはよく分かってる。けど肝心なのはそれ以外の面々。「土方さん、こんなに言ってんだ。様子見するくらいいいじゃねぇか」よし来た。

「…ったく、どうなっても知らねぇぞ」
「と、いうことは…」

 来ちまったもんは仕方ねぇんだろ、と苦虫を噛み潰したような顔で零す。眉間に寄った深い皺が“仕方ない”を強調しているように見えた。…ともあれ、まさかここまで簡単に土方さんが許可を出すのも予想外だ。何か裏があるんじゃないかと思いつつ、放り出されなかっただけましなので妙な詮索はしないで置く。

 そして土方さんは斎藤さんに私を部屋まで連れて行くよう命じて、(体よく)広間から追い出された。恐らく私のことを色々喋るつもりなのだろうけど、ここまで来たら私だってすることをするだけだ。総司君に随分と久しぶりに会えたのも嬉しいし、ここまで辛い旅路を耐えて来た甲斐があったというもの。

 斎藤さんに続いて部屋を出ようとすると、「ところで」と土方さんに呼び止められた。

「俺らが行くまでにあそこに居た連中とは顔見知りか」
「あそこに居た……白い髪の?いえ、全然。何が起こってるのかも分からないのにまさか」
「そうか。京に来て早々酷い目に遭ったな」
「でも総司君が助けてくれましたから」

 にこりと笑って部屋を出る。そういえば屯所に戻って来てから総司君の姿が見えない。土方さんにずっと問い詰められたりしていたから聞く機会を逃したけれど、私の目的は総司君なのに本人がいなければ意味がない。斎藤さんに聞こうにも、そう言えば江戸で近藤さんの道場に出入りしていた頃から私はこの人が苦手で、聞き辛い。

 一応はさっきの彼らとも軽く面識はある。ただ私の心境も色々と複雑で、滅多に道場には足を運ばなかったから、総司君ほど親しいわけじゃなければ、付き合いも殆どなかった。お互い、顔と名前が一致する程度だろう。私があそこにお邪魔したのは、いつだって総司君、近藤さん、まあおまけに土方さんくらいしか居ない時だった。そう、だからさっきは私の猫被りも通用したのだ。

「あんたの部屋はここだ。あまり勝手に屯所内をうろつかないようにしろ」
「分かりました」
「…京に来た本当の理由は何だ」
「言わないと駄目ですか?」
「強制力はない」
「じゃあ言いません」

 総司君より先に誰かに言うつもりなんてない。それに、言った所でこの人だって反応しづらいだろう。まさか、小さい時の約束を果たしに来ただなんて。










(2011/2/3)