「で、どこがよかったの?」 その一言に、斎藤先輩は咳き込んだ。あたしは紙パックのストローから口を離して「そうですねぇ…」とこぼす。 斎藤先輩からささやかな告白をされた数日後、なぜかその事実は沖田先輩に伝わっていた。なんでも、あたしが相当浮かれているように見えたらしい(ああ、そう言えば気分が良いから沖田先輩のパシリも快諾していたっけ)。そこからいろいろな事実を憶測した結果らしいが、どうも、斎藤先輩が誘導尋問でもされたような気がしてならない。 (まあ、そんなはずないか) なんせ斎藤先輩、口は固そうだ。ただし顔に出るけれど。…そして冒頭の問いに戻る。沖田先輩があたしに対して言ったことなのに、なぜ斎藤先輩が焦るのか。 「斎藤君も気になってると思うけど。なんでちゃんが斎藤君を好きなのか」 「…理由はいろいろありますけども」 最初の記憶を辿ってみる。いつだったか、入学してすぐに遅くまで日直の仕事をしていた日のことだ。その日は天気も悪く、帰ろうと思った頃には陽も殆ど落ちていた。そんな中、同じように委員会の仕事で遅くなった斎藤先輩に出くわしたのだ。「こんな時間まで何をしていた」「に、日直です」「…そうか」「はい」「もう暗い。気をつけて帰れ」…あれ、今でも一字一句覚えちゃってる。 とにかく。元々有名だったのと、時々遠くから見かける斎藤先輩に興味があったことはあった。その日を境に、ただの興味から惹かれる、という気持ちに変わったのだ。 「風紀委員だっていうから怖い人かと思ったら、実は優しかったんです」 「へえ。じゃあ一目ぼれ?」 「改めて言われると恥ずかしいですけどね!」 気恥ずかしくなって「あはは…」と笑いながらくしゃりと前髪を掴む。そう言えば斎藤先輩にもそんな話はしたことがなかったな。 たったあれだけであたしを認知してもらえるとは思えないし、あれからあたしは必死で斎藤先輩のことを聞いて回ったのだ。もうどのパイプラインをどう使って先輩に辿りついたかは覚えていないけれど、二回目に会った時、斎藤先輩があたしのことを覚えていてくれたことには感動した。それでますます好きになって、あたしは「よ、良ければ仲良くして下さい!」という謎の告白を経た後、なぜか放課後は毎日斎藤先輩の仕事の手伝いをする流れになったのだ。思えば、今日まで長かった。 「最初、斎藤君に“仲良くして下さい”なんて言いに来た時はびっくりしたけどね」 「あの時の行動は自分でもよく分かりません…」 でも多分、何かしらインパクトを与えないと、とは思っていたはず。いきなり「好きです」は何か違うし、「友達になって下さい」なんて先輩に言う言葉じゃない。「あの」「ええと」を繰り返して口をぱくぱくさせるあたしに、不審そうな顔をしてあたしを見た斎藤先輩。そんな時とっさに口を突いて出たのが「仲良くして下さい」だったのだ。…これじゃ「友達になって下さい」と大して変わらない。 「新手の告白かと思いきや、本当に毎日ひっついて仕事してるだけだし、ある意味仲は良かったよね」 「えへへ、そうですか」 「…君、頭悪いって言われない?」 「…言われます」 やっぱり褒め言葉じゃなかったか。 「まあ結果的には上手く行ったし良かったね」 「はいー」 「でも今の君の顔見てると無性に腹が立つなあ」 「沖田先輩って酷いですよね」 そんなあたしの言葉などスルーして、「じゃあ次移動教室だから」と軽く言うと沖田先輩は去って行く。嵐のようだった。…あれ、移動教室といえば、斎藤先輩も同じクラスではなかっただろうか。不思議に思って斎藤先輩の方を振り返ると、なんだか機嫌の悪いご様子。何か、したっけか。 「あのー…斎藤先輩?」 「なんだ」 「先輩は良いんですか?教室…」 「次は古文だ。教室移動はない」 「あれ、じゃあ、」 「総司はよく古文をさぼる」 「…土方先生ですか」 二人の不仲説(というか沖田先輩が一方的に授業放棄しているという説)は聞いてはいたけれど、本当のことだったのか。 他の生徒にまぎれてほぼ見えなくなった沖田先輩を視線で追っていると、突如横から手が伸びて顎を掴まれる。そのまま斎藤先輩の方を向かされると、やはりどこか不機嫌そうな彼の顔。あたしは何度も瞬きをしてその目を見つめ返していると、斎藤先輩はため息をついてあたしから手を離した。 「先輩?」 「あんたは、」 「は、はい」 「あんたは、あんたが目の前で他の男と話していたら俺が良い気分にはならないとは考えないのか」 な、何だって?なんだか回りくどくて良く分からない。あたしが斎藤先輩の前で、何だって?告白された時もそうだけれど、斎藤先輩の言い回しはいつも難しい。沖田先輩に言われたとおり、頭が弱いあたしには時々理解ができないことがある。時々じゃない、結構あるかも知れない。 「すみません、もう少し分かりやすく言ってもらえませんか」 「…少しは自分で考えたらどうなんだ、ということだ」 いや、ますます分かりません。 うんうん唸って考えていると、おかしそうに笑いを堪える斎藤先輩。人が必死で悩んでいるというのに、失礼な! あたしが口をとがらせると、左手であたしの頬に触れる。すると、先輩はあたしの顔を覗き込むように顔を近づけた。「え、まさか、こんな昼休みの廊下で!」というあたしの焦り半分期待半分は、次の一言で見事掻き消される。 「メイクは校則違反だ」 あたしのドキドキを返せ。 (2010/5/2 大体これ以上可愛くなられたら益々危険だろうこんな男だらけの学校で…というのが本音) (2011/1/3 加筆修正) |