だってなんです。







 この言葉を言うのも、一体何回目になるのだろうか。机を挟んで向かいにいる先輩に、あたしは叫ぶ。

「恋が!したいです!」
「………そうか」

 あっ、今すっごくどうでもよさそうな返事をされた。そりゃあ唐突だろうけど、あたしにとっては大問題で、これって告白に等しい宣言だったんだけど、どうなんだろう。この先輩、それはもう恐ろしいほどに鈍感だからね。この言い方じゃ伝わらないのかも。とりあえず話題を変えよう、話題を。あたしが完全にすべった人になってしまっている。

「…あのー、斎藤先輩、一つ聞きたいのですが」
「なんだ」
「風紀委員じゃないあたしが毎日手伝わされている理由はなんですか」

 すると、ペンを走らせていた斎藤先輩の手が止まる。あれ。あまり深く考えずに聞いたんだけど、何か深い理由でもあったのだろうか。てっきり、「そこにいたから」とか(すごい行き当たりばったりだな)、「暇そうだったから」とか(帰宅部だしね)、「手伝わせやすかったから」とか(そりゃあ沖田先輩にはいつも走らされてますが)、その程度じゃなかったのか。

 思わずあたしも手を止めて先輩の返答を待つ。ちょっと待て、そんなに困らせるようなことか?これ。

「…この学校に女子は少ない」
「…え、ええ、そうですねぇ」
「放課後あんたを放っておくと、どこのどいつに捕まるか分からないだろう」
「……あのー、意味がよく分かりません」

 どこのどいつに捕まるって、それと女子であることの何が関係しているのか。全く繋がらないその二つを繋げようと、必死で頭を回転させる。が、あたしの弱い頭では無理なようだ。どうしよう。しかも捕まるって、あたしは補導されそうなほど素行不良な生徒に見えるのだろうか。一応、ちゃんと規則は守っているつもりなんだけど、風紀委員から見たらそんなものなの?

「斎藤先輩?」
「…あんたが言ったんだろう」
「はい?」
「あんたはもう俺に十四回も恋をしたいと言った」
「よく数えてますね…」

 あたしでも覚えていません。なんでいちいち、そんなどうでもいいことを覚えてらっしゃるのでしょう。何だか怖くなって来た。先輩が頭いいのは知ってますけど、その記憶力はちょっとした脅威です。これから先、下手なことが言えなくなって来た。

 それにしても、やっぱり先輩の話の筋が辿り切れない。ぷつりぷつりと途切れるように、意味の繋がらない言葉が次々と出て来る。と、斎藤先輩は「だから、」と若干苛立ちながら切り出す(ええ、なんでそこで怒るんですか!)。…いや、なんか顔赤いですよ、先輩?

「俺が相手では不十分かと言ってるんだ」
「………………は?」

 意味が噛み砕けずに間抜けな声が出る。

(これ、は…)

 もしかして、遠回しに告白されているのだろうか。はは…、と不自然な笑いのこぼれるあたしは、その意味を理解した途端、つられて顔が急に熱くなって来た。

 「俺が相手では不十分か」だって?不十分どころか、おつりが返って来るくらいじゃないですか。なんだかもう、恥ずかしいのと照れるのと嬉しいのとで、なんて言えばいいのかさっぱり分からない。でもとりあえず、一つだけ言いたい。

「あの、抱きついてもいいですか」

 真剣に見つめて言うと、斎藤先輩は眉根を寄せて怒り気味にたっぷり悩んだ後、「好きにしろ」という。ええ好きにさせてもらいますとも。だって、一体何カ月待ったと思っているんですか。こうなったらもう、思う存分先輩に触らせてもらいます。

 椅子から立ち上がって先輩の後ろに回り、首に腕を回す。「満足か」と呆れた声で言うけれど、先輩、耳まで真っ赤です。こっちまで恥ずかしいです。

 けど駄目だ、幸せすぎて爆発しそう。







(2010/4/30)
(2011/1/3 加筆修正)